第18話 試作スーツ談義
「弘樹、相談がある」
「相談? なに? 時給上げてくれるの?」
「時給は上がらないな。新しいスーツの話だ」
妖刀騒動の翌日、ようやく悪夢から解放された瞳子は、いつものように彩実が淹れたお茶を啜りながら弘樹に声をかけた。
なんでも新しいスーツの話らしいが、いつも予算不足で武器すら支給してくれないファーマーマンに新しいスーツがくるというだけで眉唾な話だと、弘樹は思ってしまったのだ。
「新しいスーツですか? この前の騒動で交換してもらったスーツがあるからいいでしょう。予備も二枚あるんだから」
最初のスーツは某外国製の安物で、水で洗うと極端に縮んだり、色物と一緒に洗うとその色がスーツに移るので散々だった。
すぐに詳細を調べた結果、納入業者がルールを破り、国産スーツと偽って某○○○○国産の低品質スーツを納品していたことが判明。
すぐにお詫びも兼ねて予備と合わせて二枚、今のスーツが手に入ったので、これ以上のスーツは必要ないと弘樹は思ったのだ。
「とはいえ、無料でスーツが一枚手に入るのでな。つい貰うと言ってしまった」
「まあいいけど」
あって邪魔になるものでもないしと、弘樹は瞳子の提案を了承した。
「新製品のスーツだそうだ。新しい機能が追加されており、その試験名目で無料というわけだ」
「つまり、次の戦いで着ろってわけですね」
「正解だ。あと他にもあるが、これは戦いに影響ないからな。要は、次の戦いでそのスーツを着て戦えばいいのだ」
「了解しました」
「ヒロ君、新しいスーツよかったね」
「新品のスーツに袖を通すのはいい気分だな。できれば、早く新しい仲間がほしいところだけど……」
弘樹は、瞳子の命令を了承した。
その結果、翌日に色々と面倒になることも知らず……。
「トマレッド!」
「ダイホワイト!」
「二人揃って! 豊穣戦隊ファーマーマン!」
今日も……同じような展開なのでもう省略するが、宇宙自然保護同盟の破壊活動を阻止すべく、ファーマーマンが登場した。
何度も繰り返されたシーンなので、もう猪マックス・新太郎も慣れたもの……のはずが、彼は非常に険しい顔を浮かべていた。
「おい、トマレッド」
「どうした猪?」
「そのスーツは?」
「新品で無料だったらしいんだけど、性能評価試験込みの無料だからさ。今日着なきゃいけなかったんだよ。新品で綺麗だし、特におかしな部分もないよな?」
「お前の目は節穴かよ!」
猪マックス・新太郎は、変化に鈍感な弘樹を怒鳴りつけた。
年寄りならともかく、その若さでそれだけの変化に違和感を覚えないとはどういうことなのかと。
つい強く言ってしまう、猪マックス・新太郎であった。
「節穴は言いすぎだろう。おかしいか? 最新のスーツだし、ちゃんとしたところの品で品質もいいって話なんだが」
弘樹は、実は新しいスーツに穴が開いているのに自分が気がついていないだけなのかと、急ぎ全身をチェックし始めた。
もしそうなら、猪マックス・新太郎の言い分も十分理解できるからだ。
「あらためて確認したけど、別に穴とか開いてないぞ」
「そこじゃねえよ! なんで黄色いスーツなんだよ!」
『お前はトマレッドだろうが! しかも、さっき自分でそう紹介していただろうが!』と、猪マックス・新太郎は心の叫びをあげた。
どうして戦隊ヒーローの赤が、なんとも思わずに黄色を着ているんだと。
一番大切なところに気がつかないってどうなんだよと、猪マックス・新太郎は強く弘樹に注意した。
「今日だけだから。今日実際に着て、着心地とか気がついた点をレポートにあげると、これを無料で貰えるんだってさ。現時点で黄色のスーツが必要かって話もあるけど、将来新人が入った時に使うんだろうな。瞳子さんもケチだよな」
「そういう問題じゃねえよ!」
弘樹の言いように、猪マックス・新太郎は全力でツッコミを入れた。
「お前はもう赤で固定なんだから、黄色を着るな! こんなこと、常識以前の問題だ!」
こんな注意をヒーローにしたのは初めてだと、猪マックス・新太郎は呆れた表情で言った。
弘樹は、『この猪、俺の他にもヒーローに注意していたのか』と思ってしまったが。
「そりゃあさぁ。ファーマーマンがちゃんと三人なり五人いて、色が被ったとかならよくないけどさ。どうせ二人なんだから、たまに違う色のスーツを着ても問題ないだろう」
「イメチェンみたいなものだよね」
「そうそう、そんな感じ」
「んなわけあるか!」
零細ヒーローだから、そこは臨機応変でいいじゃん。
と、弘樹は若者らしい合理的な判断をし、それに健司も賛同したが、それはいまだ古い考えが残る猪マックス・新太郎とは意見が合わず衝突する運命にあった。
「ですが、毎回赤と白だけだから、たまには黄色と白でもいいんじゃないかな。マンネリも防げますよ」
「健司の言うとおりだと思うな」
「だよね、弘樹君。猪さんも毎回同じ色だと飽きるでしょう?」
「コーディネートじゃないんだが……」
今時の若者だからというべきか、弘樹と健司の考え方にかなり年上である猪マックス・新太郎はまったく共感できなかった。
これがジェネレーションギャップなのかと、つい思ってしまうのだ。
他の人に意見を聞こうにも他に誰もおらず、たまたま一人で出撃したがゆえの悲劇であった。
「人数が少ないからこそ、リーダーの赤は重要だろうが!」
「猪の言い分も理解できるけど、俺も立場的に瞳子さんの命令には逆らえないんだよ」
「お金絡みだからね。しょうがないよ」
悟り世代とでも言うべきか、ヒーローもお金がなければ活動できないという現実を二人はちゃんと受け入れていた。
逆に猪マックス・新太郎は、自分が二人の年齢の頃、ここまで物わかりがよかったかなと思ってしまうのだ。
「あの司令の命令か……ところで、ダイホワイトの方はいつものスーツだが」
お前は試作品のスーツとか着させられないのかと、猪マックス・新太郎は健司に尋ねた。
「僕の場合、ちょっと肌が弱いので化学繊維の服は駄目なんです。被れちゃって」
「健司は肌も弱いんだよな」
「ヒーローのそんな情報、俺様は聞きたくないだが……」
健司は肌も弱く、普段着ている服もすべて天然素材製のオーダーメイド品であった。
スーツも同様で、それを聞いた猪マックス・新太郎は健司の実家の金持ちぶりに驚いてしまう。
性能を上げるため、構造を頑丈にしなければいけないヒーローのスーツはほぼ化学繊維製であった。
天然素材で同じ性能を出すとコストが大幅に上がり、資金力があるヒーローしか揃えられず、天然素材のスーツは滅多に見られるものではなかったのだ。
「天然素材のスーツかぁ……ダイホワイトは金持ちだな」
「でなきゃ、うちが二人もヒーローを揃えられるわけないだろう?」
ファーマーマン独自の資金力だけなら、自分は永遠に一人だと弘樹は断言した。
そんな断言なんて、しても空しいだけなのだが……。
「確かに……納得できてしまう自分が悲しいがな」
ファーマーマンの金のなさは、瀬戸内コーポレーションが行った諜報活動により……別にそこまで詳しく調べなくても簡単にわかる話なのだが……判明していた。
宇宙自然保護同盟も寄付金を餌にファーマーマンに勝利したりもしているので、猪マックス・新太郎もその点は理解はしているつもりだ。
「ダイホワイトのスーツ。布の質も縫製もトマレッドと比べるとな……」
トマレッドのスーツも初期よりは大分マシになったが、やはり天然素材、完全オーダーメイドの高級品と見比べると……というのが現実であった。
「もういいだろう? 戦おうぜ」
「いいや! 戦えないぞ!」
事情は理解したが、猪マックス・新太郎も中堅からベテランの域に達しつつある怪人だ。
黄色と白しかいない戦隊ヒーローと戦うなんて、まずあり得なかった。
人数が足りないにしても、リーダーである赤がいない状態で戦うなど論外であったからだ。
「赤は必須だろうが!」
「俺がいるからいいじゃん」
「だから、いつもの赤いスーツを着ろよ!」
「だから、無理なんだって!」
弘樹と猪マックス・新太郎の議論は、平行線を辿るばかりであった。
「たまにありますよね? なにかしらの事情……悪の組織側の策であるケースが多いですけど……リーダーの赤が欠けた状態で、戦隊ヒーローが苦戦するってパターン」
今日はたまたま試作スーツの試験と重なっただけで、今回だけなのだから構わないのでは?
健司は、そう猪マックス・新太郎に意見した。
「それは本当にリーダーである赤が欠けているから、そういう話をたまにやると対決が盛り上がるんだよ! ファーマーマンのリーダーはそこにいるだろうが! 最悪にも、黄色いスーツに着替えてな!」
「あえて、悪の組織側を油断させる策ということで」
「ヒーロがそんなことするな!」
もしそれをやるにしても、それは悪の組織側の仕事だと、猪マックス・新太郎は強く言った。
ヒーローが、そんな姑息な手を使うなと。
「トマレッドも、そちらにも事情があるから試作品を着るなとは言わないが、せめて赤いスーツにしろよ! というか貰うなら赤いスーツにしろよ!」
「無茶言うなぁ……」
そんな、提供される試作品に注文なんてつけられないでしょう。
無料なんだからと、健司は思ってしまった。
それに瞳子なら、貰えるものなら怪人の装備でも貰ってしまうかもしれない。
これを言うと猪マックス・新太郎が怒りそうなので、これは口にしない健司であった。
「俺もそう思ったんだけどさぁ。瞳子さんによると、試作品はこれしか残っていなかったんだと」
とあるスーツメーカーが試作品スーツの無料モニターを募集していることを知った瞳子は、『無料で貰えるなら!』と急ぎ募集した。
ところが、赤など人気の色は他の戦隊ヒーローに取られてしまい、結局残っていた黄色のスーツしか手に入れられなかったのだと。
「黄色は将来使えるかもしれないし。うちは金がないから、無料ならなんでも貰うスタンスかな」
「お前ら、貧乏すぎて涙が出そうだな」
相手は倒すべき戦隊ヒーローだが、猪マックス・新太郎はファーマーアンが資金難で潰れないか本気で心配になってしまった。
正確に言うと、自分たちに倒されて潰れるのはいいが、その前に資金難で潰れてくれるなというわけだ。
「あっそうだ! トマトにも黄色いやつがあるじゃないか! そういうことにしよう。近所の古川の爺っちゃんが栽培しているから、トマ桃太郎ゴールド!」
弘樹は、再び掛け声と共にポーズを取った。
「ないわぁ……考え方が逆だろうが! お前はリーダーの赤で、トマトが赤いからトマレッドなんだろう? 黄色いトマトをトレードマークに変更したら、その時点でリーダーの赤じゃないんだよ! 却下だ!」
戦隊ヒーローのリーダーは赤。
これは不変の真理に近いものなのだと、猪マックス・新太郎は力説した。
「駄目か」
「当たり前だ。あと、もう一つ聞きたいことがある。その胸の企業や商品名はなんなんだよ?」
実は、これも最初から気になっていたのだ。
弘樹が着ている黄色いスーツの胸の部分に、小さく企業名や商品名が複数書かれているのを。
「これを試作したメーカーも資金が潤沢ってわけじゃないらしくて、有名なヒーローが着るからってスポンサーを募集したんだと」
有名なヒーローがロゴ入りのスーツを着て町中で戦えば、その企業なり商品の宣伝になるのはないかというわけだ。
「その時点で嘘だよな」
「否定できないな」
少なくとも、ファーマーマンは有名なヒーローではない。
そこは認める弘樹であった。
「第一それは、何度も試みて失敗した道だぞ」
「そうか?」
「プロスポーツ選手のユニフォームだとよくあるよね」
「戦隊ヒーローとプロスポーツは別だ! よく考えてみろ。こっちはテレビで放映されるわけでもないし、お前は現にこうして、当事者以外誰もいない場所で戦っているだろうが!」
例え有名なヒーローだとしても、過疎化に悩む北見村のさらの山奥で戦っているため宣伝効果としてはかなり怪しく、そもそも自分たち以外、誰が企業名や商品名のゴロを見るんだよと、猪マックス・新太郎は指摘した。
「ヒーロー、怪人の装備における広告戦略は非常に狭い世界だ。我々には縁がない」
猪マックス・新太郎は、若い弘樹たちに教育も兼ねて説明を始めた。
「有名なヒーロー。例えば、この前この村に来たナイトフィーバーだな。あのクラスのヒーローだと、装備品は無料提供というケースが非常に多い」
世界でもトップヒーローである彼らが特定の工房やメーカーの使用していると、ヒーロー・怪人ドリームを目指す多くの新人たちが、その工房やメーカーの装備品を購入する。
単価は高いが、市場規模からいえばそう大きくもないヒーロー・怪人の装備品業界では、そういう宣伝方法が主流だと猪マックス・新太郎は解説した。
「ナイトフィーバーくらい有名になれば、他の業界から広告やCMの仕事も来るけどな」
そんなヒーローや怪人は極一部の例外だと、猪マックス・新太郎は若者二人に釘を刺したが。
「定期的に、上位下部から中堅レベルのヒーローや怪人にも、一般人に対し宣伝・広告価値があるのではなかと考える奴が出てくる。そういう連中の常套手段なんだ。スーツに企業や商品ロゴを入れるのは。だが、考えてもみろ。スーツの胸の部分にロゴを入れて戦っているヒーローなんて見たことあるか?」
「そう言われるといないですね」
見たことも聞いたこともないと、健司は答えた。
「みっともないからな。だから定着しないんだよ」
「そうなのか……」
「というわけでだ。俺もそんなロゴをつけたヒーローと戦うほど落ちぶれちゃいない。今日は帰るんだな」
「わかったよ」
「司令にちゃんと伝えとけよ」
「わかりました」
猪マックス・新太郎の説得に応じた二人は、戦わずに司令本部へと戻っていく。
そんな若者たちの背中を見送りながら、猪マックス・新太郎は『こうやって新人に色々と教えるのも俺の仕事だからな』と、ある種の達成感を感じていたのであった。
「弘樹、また新しいスーツの無料モニターの件だが」
「またですか? 瞳子さん。猪が嫌がるんだけど」
「それは好都合、ヒーローとは怪人が嫌がることをするものだ」
「その前に、説教されて無効勝負になってしまうんだよなぁ……」
「負けなければ問題ない」
「すごい考え方だなぁ……」
「いかにもお役所の考え方だよね、弘樹君」
数日後、弘樹は瞳子から再びスーツの無料モニターの件を伝えられ、彼女を不信の目で見てしまった。
また業界の常識から外れると、猪マックス・新太郎がうるさいと思ったからだ。
「瞳子さんが常識外れなことをして、怒られるのはなぜか俺たちなんだけど」
「安心しろ。今日は赤いスーツだし、文句を言われそうな企業・商品ロゴもついていないから」
「それならいいけど」
「これは本当の予備のスーツになるからな」
「色が赤ならいいのか」
弘樹は瞳子の命令に従い、今日も無料モニターの試作スーツで出撃するのであった。
「トマレッド!」
「ダイホワイト!」
「二人揃って! 豊穣戦隊ファーマーマン!」
今日も同じなので省略する。
いつもと同じパターンである。
「どうだ? 今日はちゃんと赤いスーツだぞ」
「猪さん、勝負です」
今日こそはちゃんと戦おうと、弘樹も健司もやる気十分であった。
ところが今日も、猪マックス・新太郎の表情は冴えなかった。
「どうした? 猪」
「今日は弘樹君、ちゃんと赤いスーツですよ」
「なあ、俺の話をちゃんと聞いていたか?」
「聞いているから、赤いスーツじゃないか」
「特におかしな点はないですよ」
「いや! おかしな点ばかりだ! そのスーツのフリフリはなんなんだよ! パーティーに出かける貴族令嬢のドレスかよ! 他にも色々とあるが、まずはそれからだ!」
猪マックス・新太郎の指摘どおり、なぜか弘樹のスーツの両手、両足のみならず、ほぼ全部にまるで可愛い女の子が着るフリフリドレスのような飾りがついているのが気になって仕方がなかったのだ。
「瞳子さんによると、これは服飾・デザイナー専門学校の卒業制作なんだと」
「卒業制作?」
「だから無料なんだとさ」
この世に多数ある服飾・デザイナー系の専門学校には、当然ヒーロー・怪人の装備品のデザイナーや職人を目指す者も一定数存在する。
そんな若者たちが、卒業制作で作ったスーツをヒーローに提供し、使用した感想を求めるのはよくあることであった。
ただ、どうしての質の面で落ちるので、有名だったり、実力があるヒーロー・怪人はそういうものを使わない、という現実もあったが。
「材料費は学生が払う学費から出ていて、デザイン・縫製が卒業制作なので無料って話なんだと」
「そこに手を出したのかよ……」
「知っているんですね。猪さん」
健司は、まるで某〇塾のキャラクターのように、猪マックス・新太郎に声をかけた。
「まあ、これもよくある話なんだよなぁ……」
学生の卒業制作なので、若い彼らは冒険をする。
既存のヒーロースーツにない新しい機軸を取り入れるわけだ。
「若いから冒険するのは悪くないんだが、予想はつくと思うが大抵は失敗するよな。こんな風に」
猪マックス・新太郎は、弘樹のフリルつきスーツを指差しながらやれやれと言った表情を浮かべた。
「瞳子さんが、このスーツを作った学生たちのコンセプトというのを話してくれた」
「参考までに聞いておくか」
「これまでのヒーローのスーツは、デザインもシンプルで、色についての固定概念が強すぎるんだと」
戦隊ヒーローのスーツには、それほど飾りはついていない。
赤はリーダー、女性はピンクが定番などという決まりが、もう何十年も続いている。
その固定概念の破壊を目指したのが、今弘樹が着ているスーツというわけだ。
「気持ちはわからんでもないし、そういうコンセプトを打ち出す若者は昔からいるけどな。今のところ受け入れられてはいないわけだが」
怪人歴が長い猪マックス・新太郎は、過去に卒業制作スーツを着たヒーローと戦った経験もあった。
まあ奇抜なスーツが多かったが、結局定着しなかったのだという。
「固定概念の破壊もアリかもしれないが、人はマンネリ・テンプレが好きな部分もある生き物だ。赤にフリルつきスーツはどうかと思うな。第一、お前は男だろうが」
リーダーの赤は男子だからなと、猪マックス・新太郎は断言した。
「それなんですけど、僕も瞳子さんから話を聞いていまして。フリルだから女性ヒーローだろう、という固定概念も破壊したかったそうです。男性が着ても、女性が着てもいいスーツなので、赤なのにフリルつきだそうで。男女平等という今の世の中の流れにも乗ったスーツだって言っていました」
健司が、瞳子から聞いた説明をつけ加えた。
「随分と冒険したんだな……。だがな、冷静に考えてみろ。今、俺とお前たちがこれから戦うとするだろう? 第三者的な視線で見て、フルリがついた赤いスーツを着たヒーローを見てどう思う?」
「そう言われると……」
「変ですね」
女性ヒーローならわからなくもないが、生憎と弘樹は男性である。
客観的に見ても相当おかしい。
少なくとも格好良さを求められるヒーローには不向きだと、二人は思った。
「だろう? きっと学生たちには、そのデザインのスーツがどういう状態で使用されるのか、他の人が見たらどう思うかなどの想像力が足りないのだと思う。経験がないから仕方がないんだが……」
しかも、この手のミスは定期的に繰り返されるのだと、猪マックス・新太郎は説明した。
「そうか……。さすがに俺もおかしいとは思ったんだが、瞳子さんの命令だからな」
「あの人も東大卒で頭もいいはずだから、ちゃんと駄目な理由を言えばわかると思うけどな。もう一つある。なぜ、縦じまがついているんだ? そのスーツ」
猪マックス・新太郎の指摘どおり、弘樹の赤いスーツには細い黒の縦線が等間隔でついていた。
縦じまとフリルに占領された赤いスーツ。
とてもヒーローが着る衣装には見えないというわけだ。
「縦じまは、太っている人も痩せて見えるって」
「昔の〇イガースのユニフォームかよ!」
「「???」」
野球には詳しくない二人は、猪マックス・新太郎のツッコミを理解できなかった。
「それも前提条件からしておかしい」
「そうなのか?」
「いや、太ったヒーローは駄目だろう」
どこの世界に太った戦隊ヒーローの、それも赤が存在するのだと、猪マックス・新太郎はツッコミを入れた。
「ヒーローはスーツ姿なんだから、体型に気を使って当然だろう。それに、中年太りを気にする年齢までには引退しているパターンが多い。長続きしているヒーローで、だからしない体型の奴なんていないからな。そういう節制ができてこその一流ヒーローなのだから」
極少数例外もいるが、そういうヒーローは他の部分で努力しているのだと、猪マックス・新太郎は説明した。
「黄色は太っていてもいいが、それも三枚目気質で格好いいとは別のベクトルで人気がないと成立しないぞ。それに、いざ戦闘なれば強くなければならない。せいぜいガタイがいいレベルが限界だな。さすがに、ビール腹のヒーローなんていないだろう?」
「見たことないかな」
「そうだね」
「そうなる前に引退するからな」
ヒーローとは人様の前に体型を晒す商売なので、その辺は非常にシビアというわけだ。
「怪人はどうなんだ?」
「怪人はその辺は少し緩いかな」
太っているのが特徴の怪人もいるわけで、それが攻撃手段だったり、相手の攻撃を脂肪で跳ね返すなんて技を持つ怪人もいると、猪マックス・新太郎は説明した。
「怪人の方が楽でいいな」
「そんなわけないだろう。大変なのは同じだ」
怪人の世界も甘くないのだと、猪マックス・新太郎は弘樹の発言に釘を刺した。
「悪の組織の怪人がみんな太っていたら、没個性すぎて目立たないだろうが。一部に太っている怪人がいるからキャラが立つんだ。不摂生と加齢で太ったから、そのままデブ怪人でやっていこうなんて安易な考えをする怪人は、まず生き残れない。自分がなにを売りにして怪人としてやっていくか。そこが明確でなければな」
「なるほど。芸能人と同じですね」
猪マックス・新太郎を話しを聞き、健司は納得したような表情を浮かべた。
「とうわけで、そんなスーツは認められない! 今日も戦いはなしだな」
『じゃあな』と、猪マックス・新太郎はアジトへと戻ってしまい、結局この日も勝負はなし。
引き分けという結果に終わってしまうのであった。
「トマレッド!」
「ダイホワイト!」
「二人揃って! 豊穣戦隊ファーマーマン!」
さらに数日後、さすがにもう無料モニターの話はなく、弘樹はいつもどおりのスーツで登場した。
「さすがにもう、変なスーツはやめたのか」
「瞳子さんに、猪から言われたことを伝えたらな。あのスーツは取っておくって」
「あんなスーツをか?」
貧乏ヒーローってのは辛いんだなと、猪マックス・新太郎は弘樹たちに同情してしまった。
あんな変なスーツでも備品にしてしまうのだから。
「万が一の時には予備のスーツになるからって」
「アレを使わなきゃいけないのなら、先にうちに連絡寄越せよ。俺もビューティー総統閣下にかけ合ってお休みにするから」
宇宙自然保護同盟も、上を目指してる悪の組織。
そんな変なスーツを着たヒーローと戦うくらいなら、まともなスーツの手当てがつくまで対決はお休みにした方がマシだと断言した。
「それを聞いて安心したぜ」
「でも、あの二着のスーツって、どうせ保管庫の肥やしになると思うけどね」
「お前の司令本部、保管庫なんてあるのか?」
宇宙怪人にアジトを奪われた際、猪マックス・新太郎たちが匿ってもらったファーマーマン司令本部だが、見た感じただの古民家でしかなかった。
なにかしら機密があれば入れてもらえなかったと思うし、そんな機密事項ができるほど予算があるとも思えない。
ましてや、予備の装備を保管する保管庫なんて作る予算があったのか、疑わしい気持ちで一杯の猪マックス・新太郎であった。
「保管庫と言っても、あの古民家に置いてあった古ダンスですけど」
「ただ衣装替えレベルだな。鍵くらいは……」
わざわざそんなものかけなくても、あんなスーツ盗む奴もいないかと、猪マックス・新太郎はそれ以上の発言を止めた。
「でも、そのタンス。桐のタンスだから防虫剤もいらないって、彩実さんも喜んでいましたよ」
「彩実ちゃんが?」
そこは司令の瞳子なんじゃないかと、猪マックス・新太郎は健司に尋ねた。
「あの人が、そんなことわかりませんよ。家事が一切できないんだから」
「……彩実ちゃんは、そういうのが得意そうだからな」
今時珍しい、良妻賢母の鑑だからなと、猪マックス・新太郎はいい意味で彼女をそう評していた。
瞳子は、頭はいいが女としては終わっているというのが、宇宙自然保護同盟全体の評価であったが、これは機密事項である。
「まあいいや、前回二回はお休みだったからな。今日は普通に戦える」
「そうだな。楽しみだぜ」
「僕もです」
「じゃあ、始めるか。あーーーはっはっ! 今日こそは、俺様の突進を食らって全身の骨が砕けるがいい!」
猪マックス・新太郎は、全速力で弘樹と健司対して突進を開始した。
「同じ手を」
「甘いな! トマレッド!」
猪マックス・新太郎の突進に巻き込まれないよう、弘樹と健司はその進路上から回避したが、今回の彼は一味違った。
すぐに進路を修正して、再び二人を標的に収めたのだ。
「全速力を維持しつつ、敵の回避にも対応する! これぞ空いている時間に練習した新必殺技『猪マックス・アクセルターン』だ! 多少の進路変更では、俺様の特訓の成果を無効化することはできん! 今度こそ、二人して全身の骨をバラバラにされるがいいわ!」
今度こそと、勝利を確信した猪マックス・新太郎であったが、二人もただ黙ってやられるわけががない。
その場で大きくジャンプし、同じタイミングで上空から鋭い蹴りを放った。
弘樹の蹴りが猪マックス・新太郎の右側頭部に、健司の蹴りが左側の頭部に炸裂する。
普通の人間から死んでしまうほどの威力であったが、猪マックス・新太郎は頑丈さも売りの怪人だ。
意識を失うだけで済んでいた。
「猪って、マジで頑丈だよな。普通死んでると思うけどな」
「気力も凄いよね。侮れないよ」
「そうだな。でも、今日も勝ったから帰るか」
「そうだね」
今日も勝利を収めた弘樹と健司は、気絶した猪マックス・新太郎を置いて……まさか連れ帰るわけにもいかないので……報告のために司令本部へと戻った。
そして残された猪マックス・新太郎であるが、彼も十分ほどで目を覚まして本部アジトへと帰還する。
またも勝利は掴めなかったが、若いヒーローたちへの指導と教育はちゃんと行え、それには満足する彼であった。
戦えファーマーマン!
戦え猪!
猪は今回も負けてしまったが、まだ諦める気など微塵もないぞ。
だって、彼には奥さんとまだ幼い娘がいるのだから。
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