第16話 アジフライ大戦

「今日も負けたか……」


「お前が入っているからだろうが、戦闘力が低いニホン鹿め」


「なにを! 猪突猛進しか芸がない猪に言われたくないわ! 事前に計画した誘引作戦を台無しにしおって!」


「なにが渾身の作戦だ! そこに追い込んだとして、あのファーマーマンがそれで倒れると思うか? やはり力で圧倒するのが一番なんだ! 幸い、今日は真美もいるからな。第一参謀役はくーみんで十分だろう」


「なんだと! この私が熊以下だと言うのか?」


「猪さん、鹿さん、もう負けちゃったんだからやめようよ」


「クマッ!」


「くーみんが『熊以下とは失礼な!』だって。『ダサダサ四天王筆頭のくせに』とも言っているよ」


「誰がダサダサだ!」






「今日も順当に勝ったな」


「畑に被害が出なくてよかったね」


「そういえば、最近、全然畑に被害が出ないな」


「でも、僕たちが倒れてしまったら宇宙自然保護同盟の悪事を阻止できないから油断は禁物だよ」


「そうだな」






 今日も二人だけの戦隊ヒーローと、地元密着型の悪の組織との戦いは終わった。

 今日はヒーロー二人、怪人三人プラス参謀一人による混戦となったが、戦闘力の差を見せつけてヒーロー側の勝利で終わった。

 怪人同士のチームワークに難がある悪の組織側は、あらかじめ決められた作戦を実行できぬまま破れてしまった格好だ。


 それにケチをつけるニホン鹿ダッシュ・走太と、そんな作戦は無意味だと反論する猪マックス・新太郎に、それを止める熊野真美とくーみん。


 宇宙自然保護同盟がファーマーマンに勝利するためには、もう少し時間がかかるであろうと思わせる光景であった。


「このあと反省会だからな」


「明日にしろ。俺様は今日は定時で帰るからな。娘の誕生日だから、町でプレゼントを買って帰らなければいけないのだ」


「バカ者! 今日も惨敗だったんだから、反省会をして当然だろうが! 終わった直後にやらなければ忘れてしまう可能性も高く、教訓をくみ取れないだろうが!」


「逆だろうが! 少し時間が経って落ち着いた方が正論が出るんだよ! 前にいた悪の組織でもそうしていたぞ」


「宇宙自然保護同盟では、反省会は戦った直後という決まりになっている」


「変えればいいだろうが! 業務の効率化はすぐにやった方がいいに決まっている」


「いいや、反省会はその戦いを忘れない内にやった方がいいのだ!」


「違うね! 少し時間を置いて記憶が落ち着いてからの方がいいんだ!」


「二人とも、喧嘩は駄目だよ」


「クマ」


 真美とくーみんが止めに入るが、ニホン鹿ダッシュ・走太と猪マックス・新太郎は言い争いを止めなかった。


「どっちでもいいのにな」


 どうせどうやっても負けるのにと、弘樹は結構失礼なことを考えていた。


「お互い引けない部分があるんだろうね」


「ヒロ君」


 弘樹と健司がそんな宇宙自然保護同盟の面々を見ていると、そこに彩実が姿を見せた。


「どうしたんだ? 彩実。もう戦いなら終わったぞ」


「じゃあ、夕食の準備ももうすぐ終わるから帰ろう」


「そういえば夕方か。腹減ったな」


 空を見ると、もうすぐ太陽が北見山に隠れてしまうところだった。

 日の入りまであと三十分もないはずだ。


「そういえばさ、ヒロ君って夜に戦わないよね」


「戦えないわけじゃないんだけどな」


 どうしてファーマーマンに夜間戦闘がないのか?

 弘樹は、瞳子から聞いた事情を彩実に話し始めた。


「俺は夜目が利くヒーローなんだが、悪の組織の怪人は個人差があるんだよ」


 宇宙自然保護同盟で例えるから、鴨型怪人である鴨フライ・翼丸は夜戦が難しい怪人だ。

 彼は鳥型の怪人なので、夜目は効かない。


「出撃させられる怪人さんが少ないってことかな?」


「そうだな。出せる戦力の選択肢が狭いうえに、夜目が利いても総合的な戦闘力となれば昼よりも落ちてしまう怪人も多い。多彩な怪人を抱える大規模組織ならともかく、うちはまだ発展途上の組織だ。夜戦は避ける方針だ」


 ちょうど話に割って入る形で、ニホン鹿ダッシュ・走太は補足事項をつけ加えた。


「そうだったんですか」


「あとは、ここは田舎だ。夜は真っ暗になる。都市部ならもう少し融通が利くんだが……」


 過疎化が深刻な北見村では、街灯も少なく、夜遅くまでやっいている店舗もない。

 自然と夜は真っ暗になるので、怪人を補佐する悪の組織側としても支援が面倒なのだと、ニホン鹿ダッシュ・走太はさらにつけ加えた。


「あとはぶっちゃけな内容だが、予算の都合もあるな」


 怪人を夜遅くまで活動させるとなると、残業代や夜間手当の問題に直面する。

 夜間は怪我をしやすいので、労災事故の増加などの問題もあった。

 怪我をした怪人が休んでいる間、アルバイトでも怪人を雇えば経費が増えてしまう。

 労災の保証は保険から出るが、正規の怪人が休業で欠けてしまうと辛いというわけだ。

 経費もそうだが、他にも人員体制の問題もあるのだと、ニホン鹿ダッシュ・走太は話を締めくくった。


「中には、非正規の怪人を夜勤の連続で使い潰すようなところもあるが、ビューティー総統閣下はそういうことを特に嫌うのでな。しかし、ちゃんと戦わせるにはコストがかかる。それはお前らヒーロー側も同じだろう?」


「そうですね、僕たちは学生でもあるので、夜間戦闘をやって夜遅くなるのは感心できないというか、うちはお役所がやっているヒーローですからね。そこが高校生を夜十時以降に働かせたなんて事実が知れたら、世間から叩かれるでしょうし」


「そういうのもあるな。だからうちは原則として学生は使わないな」


 労働基準法を守りながら悪の組織をやるのは大変なんだと、ニホン鹿ダッシュ・走太も言葉を続けた。


「一番の問題は、夜遅くなると時給が上がるという問題でしょうか」


「健司、うちはそれが一番問題だろう」


 なにしろ、暇さえあれば司令である瞳子が『予算がない』と言っているくらいなのだから。

 夜にヒーロー戦わせるとなると、いくらヒーロー本人の夜目が利いても、そうでない支援要員たちに対し夜間行動用の機器や装備なども必要となる。

 金がかかるので、ファーマーマンに夜間戦闘はあり得ないというわけだ。


「お互いに組織が大きくならなければな」


「うちは、いつそんな日がくるか疑問だけどな」


 宇宙自然保護同盟は瀬戸内コーポレーションの支援があるので将来的にはあるかもしれないが、万年予算不足のファーマーマンではあり得ないなと、弘樹は悟っていた。


「暫くは放課後のみの戦闘となるであろう。ビューティー総統閣下も、助っ人怪人の選定にお忙しいようだし、次こそは覚悟するのだな。トマレッドよ」


「次も返り討ちだぜ。さてと、帰るか。彩実、今日の夕食はなんだ?」


「今日はお魚だよ」


「珍しいな」


 今日の夕食が魚料理だと聞いて、弘樹は驚いた。

 北見村は山間部にあり、海まではかなり遠い。

 特別な時ならともかく、普段の食事は村で採れる農作物と肉が主体になることが多いからだ。


「近所の阿川のお爺さんが、今日久しぶりに早朝から釣りに出かけたんだって」


 それで大きなアジが大量に釣れたので、今日は新鮮なアジを使った刺身とアジフライが夕食だと彩実は説明した。


「アジかぁ。刺身もいいけど、アジフライもいいな。戦闘で動いたから、揚げ物も悪くない。揚げたてのアジフライにソースをドバっとかけてさ」


 脳裏にその光景を思い浮かべると、余計にお腹が空いてくる弘樹であった。

 彼には好き嫌いがなく、なんでもよく食べる健康男子であったからだ。


「えっ? アジフライにソース?」


 ところがここで、彩実が疑問の声をあげた。


「アジフライにソースはないでしょう。アジフライにはしょうゆだよ」


「いや、アジフライにはソースだろう」


「またまた。しょうゆだって」


「いやいやいや、アジフライにはソースだろう」


 いつもは仲がいい二人が言い争いを始め、次第に周囲にも不穏な空気が漂ってきた。


「健司君、アジフライにはしょうゆだよね?」


「そうだね、僕はしょうゆだな」


「なんだと! 同じファーマーマンのメンバーが!」


 なんて酷い裏切りなんだと、弘樹は大きなショックを受けてしまう。

 しかも、たった二人しかいないメンバーだというのに……。


「猪! お前はアジフライにはソースだろう?」


「そうだな。アジフライにはソースだな」


「ほらな」


 いつもはライバル同士である二人だが、共にアジフライにはソース派であるという事実が判明し、さらに仲良くなれたような気がする二人であった。


「えーーーっ! ニホン鹿さんはアジフライにはしょうゆですよね?」


「決まっている。アジフライには昔からしょうゆだとな。猪は野暮ったいから、アジフライにソースなんだろうな」


「なんだと! お前こそ、アジフライにしょうゆなんてかけるから貧弱なんだよ! 男のくせに女々しい奴だ!」


「あーーーっ! 猪さん、それは女性差別だよ! 私もアジフライにはしょうゆ派だよ。ねえ、くーみん」


「クマッ! クマッ!」


「えーーーっ! くーみんはアジフライにはソース派なの?」


 まさかの身内の裏切りに、真美は大きなショックを受けた。


「でも、アジフライにはしょうゆ! これだけは譲れないんだから!」


「そうだよね? 真美ちゃん」


「当たり前だよ、彩実ちゃん」


 次第にアジフライにはソース派と、アジフライにはしょうゆ派の旗幟が判明してきた。

 男女、人間とヒーローと怪人、正義の側、悪の側関係なく、それぞれに意見が対立、分裂の様相を呈してきたのだ。


「ヒロ君、今なら引き返せるよ。アジフライにはしょうゆだよね?」


「いいや、彩実こそ、アジフライにはソースだろう? 無理するなって」


「無理してないもの。アジフライにはしょうゆなのよ」


「なるほど……見事に二つに割れてしまったのか……ヒーローと悪の組織のように、アジフライにはしょうゆ派とソース派が、まるでキノコ、タケノコ論争のように争いを続けていたわけだ」


 ニホン鹿ダッシュ・走太は思った。

 これはもう決着をつけるしかないと。


「決着をつけるだと?」


「どちらも引かない以上、そうするしかあるまい。そうであろう? トマレッド」


「つまり、再戦だな」


「そうだ! 再戦だ!」


「いいだろう! 必ず後悔させてやるぞ!」


「ヒロ君こそだよ!」


「彩実こそ、後悔するなよ!」


 こうして、もうすぐ日の入りの時刻になろうかという時、二つの勢力がもう一戦戦いを始めるのであった。





「アジフライは魚よ! アジフライにはしょうゆが一番合うもの!」


「そうだよ! ソースなんて甘ったるい物をかけたらアジ本来の味が隠れてしまうじゃん!」


「アジフライはさっぱりとした料理。しょうゆが合うに決まっているではないか」


「新鮮なアジをフライにした時ほど、アジ本来の味を楽しみたいよね」


「「「「アジフライにはしょうゆジャー!」」」」





「揚げたてのアジフライにソースという幸せを知らない奴は可哀想だな」


「そうだ! アジフライはフライなんだからソースだろうが!」


「クマーーー!」


「真美、くーみんはなんと言っている?」


「『本当に美味しいアジを知らないのはお前たちだ! 新鮮で上等なアジほど、フライにしても素材が光り輝く。ソースの濃厚で甘い味にも負けず、逆にその美味しさを引き立たせるものなのだ!』だってさ」


「ふふん、そうだろうとも」


「「「アジフライにはソース団!」」」





 色々混じっているいるので七名という言い方で統一するが、これまでの所属を捨て、彼らは新ヒーロー『アジフライにはしょうゆジャー!』と『アジフライにはソース団』に分裂して戦うことになった。


 『アジフライにはしょうゆジャー!』は、急遽人間なのにリーダーになった彩実、サブリーダー格の真美、ベテランであるニホン鹿ダッシュ・走太、参謀格の健司の四名で構成されていた。

 もう一方の『アジフライにはソース団』には、戦隊ヒーローのリーダーから転職した弘樹、サブリーダー格の猪マックス・新太郎、そして参謀兼マスコットキャラのくーみんという構成になっている。


 悲しいかな、人?は、争いを避けられない生き物なのだ。


「しかしおかしいな」


「なにがだ? トマレッドよ」


「だってさ、普通はアジフライにはソース派の方が多いって」


 百人に聞けば、そのうち八十人はアジフライにはソース派だと答えるはず。

 根拠はなかったが、弘樹も猪マックス・新太郎もその考えになんら疑いを抱かなかった。


「そう言われるとおかしいな。第一、トンカツ屋でアジフライをメニューにしているお店もある以上、アジフライはソースで食べるのが前提になっているはずだ。今日はたまたましょうゆ派が多くて、我らは運が悪かったのであろう」


 弘樹の疑問に、猪マックス・新太郎は自分なりの見解を述べた。


「これだから猪は……。知らないのですか? 最近では新鮮な魚料理を提供するお店でも、アジフライは出てくるのです。つまり、アジフライもれっきとした素材の鮮度が命の魚料理であり、ならば魚料理にソースは合わないでしょう?」


「そうだ! アジフライにはしょうゆだよ」


 ニホン鹿ダッシュ・走太の理論整然とした意見に続き、真美もアジフライにはしょうゆだと強く言った。


「百人に聞けば、八十人がソース派と答える。こんな偏見はそうないと思うわ。六十人以上はアジフライにはしょうゆだと答えるはずなのに、どうしてヒロ君はそんな嘘つくかな?」


「嘘なんてついてねえよ!」


 珍しく弘樹は、彩実の言い分に強く反発した。 

 今までは仲がよかった幼馴染の仲すら引き裂く。

 アジフライとはそれほどまでに罪深く、存在の大きな料理なのだ。


「もう一度言うけど、アジフライは魚料理だもの。刺身をソースで食べる? ソースで煮魚を作る? そういうことだと思うな」


「その言い分はおかしいだろう、彩実ちゃん。コロッケやトンカツにしょうゆをかけるか? アジフライはいくら中身が魚でもフライなんだ。フライにはソースがいいに決まっている。フライの強いコロモと油に負けない味のソースが必要なんだ」


「えーーーっ! 私は逆だと思うな。フライ自体がクドイから、しょうゆのサッパリ感で美味しく食べるのがいいんだよ」


「フライがクドイいなんて言っている奴は、アジフライを食うな!」


「ええーーーっ!  それはあまりに暴論だよ! 弘樹君」


 女の子は、あまり油ギトギトなものは食べないのだから。

 ダイエット的な意味も含めて、と真美はつけ加えて言い返した。


「お前、ダイエットなんて必要ないだろが! むしろもっと食えよ!」


「そんなことをしたら、お腹がプヨプヨになっちゃうよ! 弘樹君はデリカシーなさすぎ!」


 真美は、弘樹のガサツさと女の子への配慮のなさを容赦なく批判した。


「クマッ!」


「『アジフライがクドイって! どれだけ古い油使っているんだよ!』って、くーみんは言っている」


 こんな時にも、ちゃんとくーみんの発言を通訳する真美。

 二人の友情は変わらないが、アジフライになにをかけるのかでは揉めてしまう。

 とても罪深い論争である。


「それはアジフライによるよ。変なお店で食べると、あとで胃もたれするもの」


「クマ!」


「『ババアか!』って、くーみん酷いよ!」


 それよりも、常に『クマ』しか言っていないのに、よくなにを言っているのかわかるなと、真美以外の全員が思ってしまった。

 もしかしたら、真美が適当に通訳しているフリをしているのでは……なんて考えも脳裏を過るのだ。


「とにかく、現時点では人数的にしょうゆ派の方が多いのだから、その現実は認めた方がいいと思うな」


 これまで静かにしていた健司だが、ここぞという瞬間で一番鋭い指摘をした。

 『アジフライにはしょうゆジャー!』は四人?

 『アジフライにはソース団』は三人?

 人数的には、アジフライにはソース派が不利なのは確かだからだ。


「人数は少なくても戦闘力は上だ」


「そんなの卑怯だよ」


「全然関係ないじゃん!」


 猪マックス・新太郎の暴論に対し、彩実と真美は一緒になって彼に文句を言った。


「これだから猪は」


「うるさいぞ! ニホン鹿! 論戦で決着がつかない以上、あとは戦いで決めるしかないだろうが!」


「いいですよ。戦争は政治の延長ですからね。彩実さんとくーみんは参加できないけど、僕が弘樹君と戦って、ニホン鹿さんと真美さんで猪さんを抑える。そう悪い条件じゃない」


「健司、後半にきていきなり凄いな」


 最初はアジフライにはしょうゆ派への参加のみ表明して、最後の最後で武力による決着を提案してきたのだから。

 弘樹としても、幼馴染の豹変ぶりにはただ驚くしかなかった。


「それともここで負けを認め、アジフライにはしょうゆだという現実を認めますか?」


「認めるか! 決着つけるぞ!」


「自信があるようだけど、僕だって今日は体調がいいから弘樹君も舐めない方がいいと思うよ」


 健司と弘樹は、一気に対決寸前の状態へと移行していく。


「ニホン鹿と熊か。こいよ」


「熊野さん、まさか私とあなたが共闘するなんてと思いますね」


「それは私のセリフだけど、私の経験不足を補えれば猪さんにも勝てるはずだよ」


「頑張れ! 真美ちゃん、ニホン鹿さん、健司君」


「クマ!」


「『弘樹と猪も頑張れ』だって」


 もう一ヵ所でも、猪マックス・新太郎対ニホン鹿ダッシュ・走太&熊野真美の戦いが今にも始まろうとしていた。

 彩実とくーみんは、それぞれに味方を応援し始める。

 今すぐにでも戦いが始まろうかというその時、それを遮るように二人の女性の罵声が聞こえてきた。


「対決はもう終わったというのに、みなさんはなにをしているのですか?」


「弘樹、健司。うちは予算がないんだ。無駄な残業は認められないぞ!」


 予定では対決が終わったはずなのに、一向に戻ってこない配下を心配して薫子と瞳子が様子を見にきたのだ。 

 そして弘樹たちが仲間同士で争う様を見て、二人で慌てて止めに入ったというが真相であった。


「いいですか! 私は宇宙自然保護同盟の総統として怪人さんたちが快適に戦えるよう、労働環境の整備や福利厚生の充実に努めてはいます。ですが、このような残業は認められません。どうして味方同士で別れるのみならず、ヒーロー側の方々と組んでいるのですか?」


「その……これはですね……」


「稚拙な言い訳など聞きたくないですわ!」


 薫子は、ニホン鹿ダッシュ・走太による言い訳を聞く価値もないと、大声で遮ってしまった。


「いいか。弘樹も健司も高校生だ。あまり遅くまでアルバイトさせられないし、うちは夜間の稼働なんて想定していないから、夜間手当なんて出せないんだ。意味のない戦いで負傷でもされたら保険の関係で困るのだから、とっとと戻って来い」


「ですが司令」


「聞く耳持てないな」


 瞳子も、健司の言い訳を聞こうとしなかった。


「とにかく戻りますわよ」


「戻るぞ。このバカげた騒ぎの分は時給は出ないからな」


「同じくですわ。正当な残業ではありませんから」


 どんなことで言い争っているのか知らないが、ヒーロー対悪の組織に相応しくない徒党を組んでの口喧嘩に残業代は出せないと、薫子も瞳子の意見に同調した。


「そうは言うけどよ。二人も俺たちの争いの内容を聞いたら、絶対に相手に譲れなくなるからな」


「ほほう、どんな内容だ。言ってみるがいい」


 瞳子は、弘樹に詳しい説明を求めた。


「アジフライにはソースかしょうゆか。どうだ?」


 どうだ。

 この件で揉めないに人間なんているはずがないと、弘樹はドヤ顔を浮かべた。


「弘樹さんを始め、みなさんがどのような理由で言い争いをしているのかと思えば……」


「呆れてものが言えないな」


 ところが弘樹の予想に反して、二人は冷静なままだった。


「アジフライには、ソースかしょうゆかだ? そんなことは聞かれるまでもない」


「そうですわ。そんなもの、太古の昔から決まっておりましてよ」


「それはわかったが、瀬戸内もアジフライなんて食べるんだな」


 世界でも有数の金持ち一族の跡取り令嬢なのに、アジフライなんて食べるんだと、むしろ弘樹はそちらの方が気になってしった。


「弘樹さん、いくらうちがお金持ちでも毎日フルコースなんて食べませんわよ。ご馳走でも、同じようなメニューだと飽きますしね。私は日本人でもあるので、食には拘りましてよ。アジフライだって食べますわ」


 その代わり、雇っている超一流の料理人によるアジ、パン粉、卵、キャベツなどすべての素材に拘っている特製アジフライだと、薫子は自慢気に語った。

 同じアジフライでも、コストが違うというわけだ。


「なんか、逆にそういうのって不味そうじゃねえ?」


「アジフライの長所を殺していそう」


「毒味とかで、冷えたのを食べさせられそう」


「そんなの、あなたたちの偏見ですわ!」


 瞳子は、言いたい放題の弘樹、彩実、健司に抗議の声をあげた。


「毒味って……どこの王族ですか……とにかくです。揚げたてアジフライに、やはり私の専属料理人である千堂手作りのタルタルソースを……」


「うん、アジフライにはタルタルソースが一番だな」


「そうですわよね? 瞳子さん」


「アツアツのアジフライに、濃厚なタルタルソースがよく合うのだ」


「待ってよ! それはおかしいと思いませんか?」


 もうこれ以上は聞いていられないと、勇気を振り絞って彩実が二人の会話を止めた。


「彩実さん、なにがおかしいのですか?」


「アジフライにはタルタルソースだろうが」


 それが真理だろう? 

 と言った表情で、瞳子が薫子の意見に同調した。


「アジとタルタルは合わないですよ」


「そうだよ、エビフライとかカキフライとかなら合うけど」


「クマッ!」


「『ソースよりも濃いタルタルソースだと、アジの味を殺してしまう。カキとかエビとか、味に特徴がある素材のフライだったらタルタルソースでもいいけど』って、くーみんも言っているし」


 彩実に続いて、真美、くーみんも薫子と瞳子に反論した。


「アジはわかりやすい味だろう。タルタルソースをかけてもわかるぞ」


「そうですわ、私をそこいらの味音痴と一緒にしないでくださいまし。猪さんはどう思っているのですか?」


 薫子は、これまで静かにしていた猪マックス・新太郎にも意見を求めた。


「俺はビューティー総統閣下を上司として尊敬してはいますが、この件では引けません。アジフライとタルタルソースは合わないと思います」


「ニホン鹿さん?」


「私は猪と仲が悪いですけど、それでも彼と同じ意見です」


「なんですってぇーーー!」


 まさかの部下の裏切りに、瞳子は悲しみの声をあげた。


「弘樹と健司はどうなんだ? アジフライにはタルタルソースだろう?」


「ソースじゃないかな?」


「しょうゆだと思います」


 普段、主に待遇面でそこまで尽くしていなかったせいもあり、弘樹も健司も自分の意見を曲げなかった。

 曲げる義理もないと思ったわけだ。


「ふっ、アジフライにはタルタルソースですのに……」


「弘樹、健司、アジフライにはタルタルソースだ。時給を十円上げてやるから認めろ」


「「無理!」」


 たった十円で人間としての尊厳を渡せるかと、二人は瞳子に反抗した。

 

「猪さんも、ニホン鹿さんも、真美も、くーみんもそうなのですか?」


「すいません、それだけは無理です」


「私も猪と同じ意見です」


「いくら薫子ちゃんが親友でも、それだけは譲れないな」


「クマ!」


「くーみんも、『そうだ!』って」


「よろしい、ならば私も参戦しましょう!」


「及ばずながら力を貸しましょう」


 こうして本当はみんなを迎えに来たはずの瞳子と薫子も、見事なまでにミイラ取りがミイラになってしまったのであった。





「アツアツのアジフライに濃厚なタルタルソース! これぞ神!」


「特に千堂特製の卵白の刻みをわざと荒くしているタルタルソースは、アジフライとよく合って絶品ですわ!」


「「アジフライにはタルタルソースズ!」」


 ここに第三の勢力が加わり、事態はさらに混迷の度を深めていく。

 どの勢力も引く気はなく、とにかく相手に自分の意見を認めさせたい。

 また論争合戦からスタートし、いつの間にか日は暮れて夜になっていく。


 ところが、彼らの争いは予想外の人物によって止められたのであった。


「お前ら、早く家に帰れよ。この村は街灯なんてほとんどないんだから。見れば未成年も多いな。早く帰らないと親御さんに言いつけるからな」


「「「「「「「「「はいっ!」」」」」」」」」


 ちょうど現場を通りかかった村の駐在さんに注意され、アジフライになにをかけるのか論争の決着は次回へと持ち越されたのであった。

 さらに翌日、北見山にある宇宙自然保護同盟のアジトでは、なぜか猪マックス・新太郎が頬に真っ赤なモミジを作っていた。


「猪さん、どうかなさいまして?」


「それが……昨日の言い争いのせいで娘の誕生日の件をすっかり忘れていまして……慌てて誕生日プレゼントを買って帰ったら、もう娘は寝ており、カミさんにすげえ怒られました」


「だから、アジフライにはタルタルソースですのに」


「いえ、それだけは認められません」


 猪マックス・新太郎は、昨晩奥さんからビンタされた頬をさすりながらも、死んでもアジフライにはソースだと言い張るのであった。

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