第五話
舞童に選ばれた、鶴千代殿を始めとする7名は、家柄だけでなく空気を読む能力も高かったようだ。
雅楽寮の方々のご懸念を少なくしたいと稽古に励み、月を経るごとに、着実に振付を得ていった。
左方の鶴千代殿たちは『めでたく舞うもの』、右方の私たちは『おかしく舞うもの』を舞う。
これらもあちらより仰せつかったようで、雅楽寮の方々は口にはなさらぬが、「今様歌を一から探すよりはまし」だと顔に書いてあった。
信西殿ならば、あからさまに御上を讃える歌を選ぶと思っていた。
……どうやら、これらを推薦したのは、信西殿の部下・
あまり良い噂を聞かない者で、童の可愛らしさが存分に生かせる歌を選ぶようには見えないが……と、雅楽寮の方々も首を捻っていらした。
✽ ✽ ✽
ある時、舞師の方が振付で行き詰まっていらした。
私たちは、取り敢えずご指示どおりの動きをしたものの、どうもしっくりこないようで、「どうしたものか……」と頭を抱えていらっしゃる。
皆も中だるみの様子で、一端休憩を取ることとなった。
噛み合わない歯車のような、居心地の悪さに気づかないふりをし、鶴千代殿に話しかけた。
「鶴千代殿は、句にあるような『
「大伯父上の古稀祝いの際、庭に八千独楽師を呼んだことがございます」
「それは、大層賑やかになったことでしょう」
「はい。次から次へと独楽が出てきて、手や扇子のあちらこちらを、ひょいひょいと跳び回るのです」
鶴千代殿は懐から扇子を出し、八千独楽師の仕草を真似てくださる。
舞師の方が、「これは……」という表情をなさった。
「さすがですね。動きを覚えていらっしゃるのですか」
「楽しくて、ずっと見ておりましたから」
明るい鶴千代殿の声が、凝り固まった空気を払拭していく。
「私は、『
発端は私ゆえ、協力は惜しまぬつもりで発言してみたが、「「「えっ!?」」」という声とともに、一斉にこちらを向かれた。
「家族には笑われますが」
両手で蟷螂の鎌を真似て、敢えてキリッとした顔をしてみる。
「……ふっ……」
ひとりが吹き出すと、堪えきれなくなったように皆が笑い出した。
ひとしきり笑って場が和んだ頃。
「童の可愛らしさがある間ならば、このように和んで頂けるやもしれませんね」
わざとらしいのは承知していたが、舞師の方はハッとなさって、「左舞の方で、どなたか、手傀儡を真似できる方はいらっしゃいますか?」と問うた。
「……あまり、巧くはないと思いますが……」
空気を読んだ童のひとりが、おそるおそる発言をしてくれた。
そこからは、順調に振付ができあがっていった。
✽ ✽ ✽
装束や楽は、既存の物に手を加える形となった。大本の様式からはあまり外れないほうが良いだろうというのが
ゆえに舞師の方々の負担が、多大だったと思われる。本番間近になると「よくできたお子たちだ」と、感涙なさっていたゆえ、よほどのご心痛だったのだろう。
〔註釈〕
八千独楽:たくさんのコマを一度に回す猿楽。
手傀儡:操り人形や剣術、
蟷螂:カマキリ。「
蟷螂舞之頸筋:カマキリが鎌をもたげて首を振る様子を真似た猿楽。
猿楽:平安時代に成立した芸能。もともとは上記のような、曲芸や滑稽な動作を見せる演芸でした。能や狂言の起源と言われています。
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