第三話
「朝長」
父上が、この場の的確な説明ができるであろう朝長義兄上をご指名なさった。
朝長義兄上は返答をなさると、私に「話を聞いておいで」と優しく言い含められた。
「鬼武者は、思い違いをしているようです」
「思い違いとは」
「私たちの振る舞いが、鬼武者に誤解を与えたようです。あのままでは『出家』などと口にしそうでしたので、止めに入りました」
朝長義兄上のご説明に、父上は衝撃を受けられたらしく目を見開かれた。
義平義兄上も同様の表情をなさり、母上は口元を袖で覆われた。
私は言い当てられたことへの驚きで、目を見開いたが。
「出家……なぜそのような話になるのだ」
「私たちは、煌びやかな世界に潜む闇を存じております。その牙が向かう先は無垢な者であることも」
「うむ」
「〝牙を持つ闇〟にとって、鬼武者は至高の存在となるでしょう。ゆえに私たちは憂しことと感じました」
「
「そのような背景を知らぬ鬼武者は、『己に何らかの落ち度があり、童殿上により我が家の枷となるのでは』との考えに至ったと拝察致します」
「ふむ……」
朝長義兄上のお話の趣旨を、相槌を打つ間に飲み込まれたようだ。
一度視線をさげ、上げると同時に、こちらを向かれた。
「鬼武者。今の話に相違ないか」
「『牙を持つ闇』が何かは存じませぬが、私の思いには相違ございません」
「相分かった」
私の返答に、父上は確信を得られたようだ。
何かを祓うように息を吐かれ、私と相対された。
「まず、そなたは出家など考えずともよい」
「……しかし──」
「そなたに落ち度はない。今すぐにでも、出仕するに足るものを備えておるゆえ」
突然の褒め言葉に、どのような顔をすればよいかわからない。だが、これだけは言える。
「私には過分なお言葉にございますが、もしそうであるならば、玄斎師や父上方にお教え頂いたことの賜物と存じます」
「そなたの努力によるものだ。だが、謙虚は美徳ぞ」
その言葉があることすら忘れておる輩の何と多いことかと、父上は皮肉な笑みを浮かべられた。
血筋ばかりを重視する方々のことを仰っているのだろう。
「とはいえ、我らの行いが、そなたにいらぬ心痛を与えたことは詫びねばならぬ」
「いえ──」
「左様にございます」
否定しようとした私の言は、義平義兄上の力強い声にかき消された。
同意を得られた父上は、訊きたいことがあると仰った。
「鬼武者よ」
「はい」
威厳のある父上のお声に、居ずまいを正す。
「己を何と心得る」
「……面白みのないこととは、存じております」
脈絡のない問いに思考が止まりかけるが、日頃覚えのあることを答える。
その途端、皆から深いため息がこぼれた。
この、「やはり……」と言いたげな雰囲気は何だろうか。
「私の褒め
「由良は良くやっておろう。
父上は嘆息なさった後、しばしの間を置かれ、「よし」という掛け声とともに表情を引き締められた。
「余はこれより、心の丈を述べようぞ」
「それは良いお考えにございます」
「ならば、私も参加致しましょう」
「俺も参加致します。さすれば、多少は自覚するやもしれませぬ」
皆から妙な気の高ぶりを感じる。
急な展開についていけない私のみが、状況を把握していなかったらしい。
「よいか、鬼武者。心して聞け」
父上が仰々しく宣ったのを合図に、そろってこちらを向かれた。
目を瞬かせる私に、賛辞という名の洪水が押し寄せてきた。
曰く、
「そなたは、凛とした佇まいに芯が一本通っておるな」
「神童然とした顔立ちは、崇高さをよく現しています」
「それが優しくほころぶところなど、見惚れぬ者などおりませんよ」
「えぇ。慈愛のお顔など、まるで観音様のようです」
「書は流麗にして高潔。性質さながら誠に好ましい」
「詩歌もさることながら、管弦がまた良いのです」
「特に龍笛は天上の
「声も素晴らしいのですよ」
「確かに。朗々と謡い上げる清らかな声が、心地良いな」
立て板に水の如く、過度の高評価が次から次へと繰り出される。
(……そうか……これが
〝身内贔屓の話は半分聞く〟どころか、何分の一にしても正面から聞ける気がしない。
私は身の置き所のないまま、時が過ぎるのを、ただ待つしかなかった。
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