第三話

 暖かな春風が一枝の蕾をほころばせるように、父上の心も、少しずつ和らいでいくといい。

 そしていつの日か、悲しみを上回るほどの、たくさんの花が咲くように。


 祈りを込めた舞が、父上に、皆に届くことを──


「──く……っ」


 圧し殺した声が聞こえ、私は顔を上げた。


(……父上……)


 父上は、声を出さぬよう、ご自身の手で口元を押さえられ、泣いていらした。


「殿……」


 母上が寄り添い、義母上たちは御二方を見守られる。


「父上」

「ちちうえ」


 宗寿丸は左側に、妹は右側に駆け寄り、父上の膝に、それぞれ小さな手を乗せた。

 また、今若丸と乙若丸は父上の脚に手を当て、それぞれに小さな声で「いたいのいたいのとんでいけ」をしている。


 皆が父上のお心を慰め、〝花〟になろうとしていた。


「……く、……」


 歯をくいしばり涙を流される父上の姿は痛ましい。

 今、父上の胸の内には、様々な思いが渦巻いていらっしゃることだろう。


 憎しみなど微塵もないのに、敵として父親と相対せねばならなかった辛さ。

 最期まで真の武士としての在り方を見せてくださった尊敬の念。

 討ち取られたと耳にした際の悲噴の意。


 武士の世で、武士の家に育ち、戦で命を落とすことも武士の本懐だと言われている。

 だが、戦闘狂でもない限り、誰が好きこのんで他人を、自らを死地に追いやるというのか。


 あの乱は、武士としての忠義も何もない、信西殿の意思に基づいた一方的な殺戮だった。



 祖父上は生前、折に触れこのように仰っていた。



『武士というものは、いかなる場合においても、尋常に勝負せねばならぬ。私欲で武器を持つなど言語道断。それが、人を斬る道具を持つ儂らの礼節だ』



 情勢の状況下において、我が家が後白河方に加勢しないという道を選ぶことは不可能だった。だが、祖父上の教えに反する戦い方であったことが、父上の中で、わだかまりとなっていらしたのだろう。


 昇進の宴を、服喪を理由に行わなかったのも、父親の命の上にあると思うがこそ。

 出世はめでたいことと言えども、手放しで喜ぶことなどできず。

 昨年の臨時除目からずっと、言い様のない思いが燻っていらしたのではないだろうか。



 だが、私はわずかながら安堵した。

 泣けるならば、大丈夫。

 涙には、苦悩を流してくれる性質があるゆえ。

 歳月はかかるだろうが、──いつかは。


 弟妹たち4人をまとめて腕に抱いて、小さく嗚咽を洩らす父上。

 悲哀の念に囚われながらも、この幼い命を守らねばと思っていらっしゃるのだろう。


 ご案じなさる母上たちの表情は、父上のお心に寄り添おうとしていらっしゃる。



 下座から見る父上たちの姿は、切ない情景ながらも、慈愛に満ちていた。






〔註釈〕

尋常に勝負:正々堂々と勝負すること。


涙について:泣いた後スッキリするのは、涙にストレスの原因物質を排出する働きがあるからだと言われています。


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