光に内包する闇 ──保元二年(1157)如月~神無月

第一話

 春の除目にて、父上が従五位上を賜った。

 31歳の頃より任ぜられている下野守しもつけのかみと、昨年より任ぜられた左馬頭は続投とのこと。


 下野国には父上の部下であり源氏の方が代理として赴任されており、月に一度、報告書が届くそうだ。


 一昨年おととしまでは、年に何度か父上ご自身も足を運ばれていた。だが、昇殿を許されてからは都を空けることができず、「直に話を聞きたいのだがな」と嘆いていらした。


 下野国のかつての国司には、源為義おじいさまや、祖先の源満仲公、主厨長さん泉親衡殿のご先祖である源満快みつよし公の名がある。

 さらに遡ると、応天門の変で有名な伴善男とものよしお卿も任国なさっていた。



 国司に関して、200年ほど前に始まった院宮分国制いんぐうぶんこくせいという制度がある。

 一定の期間、皇族に特定国の国司推薦権を与え、親族や家来を任国させて、租税などにて収益を得るものだった。


 時代を経て、貴族にもその特権が許されるようになると、知行国ちぎょうこくという制度へと変化した。

 院宮分国制は上納品を皇族の財産とすることができたが、知行国は上納品を国の財源としなければならない。

 よって、知行国主が得られるのは、給与と多少の利益だった。


 一貴族が私腹を肥やし、力をつけるのを阻止するための措置だろう。


 今は朝廷が後白河方の方々を各国に配置し、より多くの税を納めさせている。

 鳥羽法皇陛下が後白河天皇陛下に領地の権限を譲渡なさらなかったため、私有地が少なく、利益を得ることが難しいことに対する策のようだ。


 ……というのは表向きの理由で。


 実状は、後白河方の力を強めて財源も増やすという目的のもとに、知行国の制度を逆手に取った信西殿の策略だ。


 一族の長を都へ置き、その親族を国司の代理として地方に派遣させる。

 そうすることで、独自の国家を築いている国々の内情を把握し、手中に収めようとしているらしい。


 信西殿の、「名誉ある職を与えてやる分、存分に貢げ」という声が聞こえてきそうだ。


 また、「内裏再建のために献金した者には、恩賞を与える」とのお達しがあり、父上は内裏の北廊下の造営費をお出しになった。

 信西殿の狙いは、一大計画を指揮して自身の功績をあげることと、保元の乱の恩賞でさらなる富を得た、平氏の財を減らすことにあった。


 実際、清盛公をはじめとする、弟君方の経盛つねもり公、教盛のりもり公、頼盛公は、仁寿殿じじゅうでん淑景舎しげいしゃ陰明門いんめいもん貞観殿じょうがんでんと、それぞれの造営をご担当なさり、多額の費用をお出しになった。


 策士でいらっしゃる清盛公には、信西殿の手の内などお見通しだろう。ご嫡男の重盛殿には費用を出さずともよいとされたのも、何かお考えがあるに相違ない。






〔註釈〕

下野国:現在の栃木県。

応天門の変:不仲だった源信みなもとのまことの失脚をもくろみ、応天門の放火犯に仕立て上げようとして、結局本人(伴善男)が捕まったお話。

租税:お米を税としたもの。でんたん(=360=約1190平方メートル)につき、3~10%の収穫米を納める決まりでした。


※註釈は敬称略


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