第二話

 その後、承認の儀へと進み、この場を持って、正式に童殿上が認められた。

 次いで、預かり先の部署が言い渡された。

 〝預かり〟とは、言い得て妙だ。


 小学生の職業体験を思い出したついでに、前世の年齢にあてはめてみた。

 小学校低学年で疑似就職、6年生辺りで就職……奇妙な感覚に囚われそうだが、今世の貴族の平均寿命は30歳ほどゆえ、20歳代で就職では、いろいろと都合が悪いのだろう──



 とりとめのないことを考えている間に、すべての儀が終了していた。


 ひそかに父上の様子を窺うが、これといった変化はない。この体は周囲に即して動いていたらしい。

 前世の〝うっかり〟が前面に押し出されなければ、もともとは高性能のようだ。ありがたいことである。



 退出を許された私たちは、案内の方の誘導に従い、控えの間に向かう。


 好奇心からか不安からか、目をキョロキョロさせる者もいる。

 不用意に声を出す者はいないが、何となくそわそわしながら歩く小学生──もとい、童たち。


 時折すれ違う方々は、安らかな顔をなさる方もいれば、しゃくの陰で眉をひそめる方もいる。

 後者は、早くも信西殿の改革に不満を抱いていらっしゃる方か。



 ✽✽✽



 控えの間に着いた。各部署からのお迎えの方がお出でになるまで、こちらで待機とのこと。


 お目付け役の方はいらっしゃるが、高位の方々はいらっしゃらない。

 童たちは少し緊張が解けたらしく、職種が似通った者同士で話し始めた。情報交換も兼ねているのだろう。

 その中には、父君と同様にふくよかな梅若丸殿の姿もあった。



 私は、今のうちに瞑想でもしておこうか。

 多少なりとも心をおちつけてから、部署に赴くほうが良い気がする。


 話をする者たちから距離を置いたところで、目を瞑ろうとしたその時。


「……あの」


 ──清楚な美少年が、視界に入ってきた。


「少し、よろしいでしょうか」

「……はい」


 斜め向かいから声をかけられ、姿勢を正す。


「私は関白・藤原忠通が六男、鶴千代と申します」

「ご丁寧にありがとう存じます。私は左馬頭・源義朝が三男、鬼武者と申します」


 互いに深揖の礼をする。肩より少し長めの下げみずらが、さらりと前に揺れた。


「私、先ほどの儀にて、鬼武者殿の所作の音に聞き惚れてしまいました。ゆえに、話をしてみたかったのです」

「光栄に存じます」

「ほぅ……っ」


 再び深揖の礼をすると、鶴千代殿の小さな口から、乙女色のため息が零れた。

 

「美しい座礼ですね……! 声も素敵です……!」


 恍惚とした眼差しが、こちらに向けられる。きらきらとした効果エフェクトが背後に見えるのは、気のせいか。


「凛としていて、涼やかで……あ、これは、鬼武者殿ご自身にも言えますね」


 純粋な賛辞を嬉しく思うのと同時に、懸命に言葉を探す鶴千代殿を可愛らしく思う。


「お褒めのお言葉、ありがとう存じます。鶴千代殿は張りのあるお声で、所作が丁寧と存じます。さすが、故実に造詣が深い方であると、感服しておりました」

「ありがとう存じます!」


 喜びいっぱいの顔は、子犬のように愛らしい。


「鬼武者殿は、やはり『西宮記』にて学ばれましたか?」

「はい」

「私もです! 18巻まで何度も読み返していますが、その度に新たな発見があるのです」


 一巻でもなかなかな量だと思うが……


「熱心ですね」

「学ぶためでもありますが、西宮記を読んでいるとおちつくのです」

「『北山抄ほくざんしょう』は、いかがですか」

公任きんとう卿の記された儀礼書ですね。ためになることも多くありましたが、私には『西宮記』のほうが合っているようです」

「左様にございますか」

「ゆえに、……大きな声では言えませんが、此度は式部省しきぶしょうに属するところを望んでいたのです」


 声をひそめて、しょんぼりする子犬──にしか見えない鶴千代殿。


「朝に夕に、たくさんお祈りをしたのに……」


 義兄君方の官職が左近衛府このえふから始まっていることから、鶴千代殿も武官職の左兵衛府ひょうえふ預かりとなったようだ。

 傍から見れば「公卿昇進エリートコースへようこそ!」という状況なのだが、鶴千代殿自身は、儀礼やしきたりに関わることのほうが重要らしい。


「……良いですね……鬼武者殿は主殿寮とのもりょうで……」


 指貫の上で小さな拳を握り、口を尖らせる様子が、年相応で可愛らしい。



 主殿寮の主な仕事は、内裏の施設管理業務と消耗品の管理・供給である。

 鶴千代殿の希望していた式部省とは業務内容は異なるが、文官職というくくりで羨ましいと思ったのだろうか。


 いずれの部署に参ろうとも、童の仕事は書簡運びが主なのだが……


「……そうですね。ある意味、助かりました」

「……?」


 意味深に呟いた私の言に、鶴千代殿は拗ねていたことを忘れ、顔を上げた。

 私は苦笑して、声量を抑えたまま続ける。


「この身は、荒事に向かぬようです。武士の家に生まれながら、恥ずべきことではありますが」

「……どこか、お加減具合でも……」


 鶴千代殿は、心配そうに眉をさげた。筋肉がつきにくいことは言及しなかったが、良いように解釈してくれたようだ。


「えぇ……まぁ……」


 視線をさげ、曖昧に答える。

 わずかな間を置き、おもむろに鶴千代殿の目を見ると、肩がぴくりと動いた。


「内緒、ですよ」


 人差し指を唇にあて、苦笑したまま囁くと、真剣な表情で何度も頷いてくれた。






〔註釈〕

公任卿:藤原公任。百人一首では『大納言公任』。

式部省:文官の人事や朝儀などを司る機関。


※註釈は敬称略


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