第二話
広間に着いた。
入り口で挨拶をしてから、部屋の奥、上座付近に座っていらっしゃる母上の隣に腰をおろす。
父上は、上座で堂々としていらっしゃる。威厳はあるが、私たちをご覧になる目は優しい。
私たちの向かいには、父上に近いほうから義平義兄上、
まだ
しっかり寝てたくさん遊び、きちんと栄養を摂って元気に育つことを願う。……9歳の私が言えることではないが。
「今日は金蘭の精ですね」
内緒話のように声をひそめられ、優しく微笑まれる母上。
金蘭……先ほど、私はたんぽぽと思っておりました……とは言えなかった。
「母上は、天女様のようにございます」
我が家の女性はどなたも美しいが、母上の美しさは格別に思う。
身内贔屓と言われようとも、これは譲れない。
今日お召しの『
「まぁ。そのような言葉を、どちらで覚えていらしたのでしょう」
「書物に書いてございました。母上のような美しい方を、『天女様のごとく』と称するのだと」
室内は広いので、声量をおとした会話は義母上たちのところまで届くことはないが、温かく見守ってくださっている。
三浦の義母上は『花橘』(上から、山吹、淡山吹、白、青、淡青、単に白)を、波多野の義母上は『若菖蒲』(上から、青、淡青2枚、白2枚、単に白)をお召しになっている。
「
「はい。趣深い話にございました」
母上と話をしていると、朱塗りのお椀がいくつか載せられた
食前の言葉を父上が唱えられ、私たちも唱和する。
今日の予定などを皆で確認しながら、和やかに食事をする。
末席の常盤の義母上は、昨日に引き続き、お住まいの
初産ではないが、まもなく産み月になるので、皆も心配している。
「母上」
「何でしょう」
「後ほど、常盤の義母上のお見舞いに伺ってもよろしいでしょうか」
私の問いに、母上は下座に控える近江さんのほうを向かれた。
「近江」
「はい、御方様。北対に伺って参ります」
……余計なことを言ってしまったか。だが、常盤の義母上のご容態も気になる……
まずは、近江さんの仕事を増やしてしまったことを謝らねば。
「手間をかける」
「もったいないお言葉にございます」
近江さんは三つ指をつき、静かに場を離れた。
申し訳なさに入り口を見つめたままでいると、そっと母上に呼ばれた。
「慈しみの心は、とても大切です。ですが、あなたは殿の子。人を正しく使うことを学ばねばなりません」
「……はい、母上」
遠慮することと、仕事を取り上げることは違う。
女房さんを含め、家臣には与えられた仕事を遂行する義務がある。
同時に、私たち家族には、「いつ」「どこで」「誰を」「どのように」使うか見極め、指示を出す義務がある。
母上は、適材適所というものがあると仰っているのだ。
私の言動は、家に仕える者たちの今後につながることを肝に命じよう。
〔註釈〕
青:五行説に基づいた分類の色。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます