第三話
朝餉を終え、近江さんから返答を聞くと、午後ならば良いのでは……とのこと。
では、午前中に学問を──その前に、義兄上たちが出仕なさるので、見送りに参ろう。
✽✽✽
登庁時刻の少し前に、
義平義兄上は
それから東西それぞれの
「鬼武者」
さらさらと流れる水を眺めながら考えていると、義平義兄上から声をかけられた。
「どうした。具合でも悪いのか」
顔を上げると、
温かな左手が私の肩を固定されたかと思うと、首筋に右手の甲をそっと当てられる。
義兄上も見おろすのは大変だろう。
「熱はないようだが」
「ご心配をおかけして、申し訳ございませぬ。私は壮健ゆえ、ご安心ください」
「ならばよいが」
「義兄上」
後ろから、朝長義兄上の艶やかな声が聞こえた。
「朝から逢い引きの真似事とは、感心致しませんよ」
「だっ、誰がそのような……!」
朝長義兄上のからかうような口調に、真っ赤になられる義平義兄上。
確信犯の朝長義兄上は、
〝武〟の義平義兄上と、〝文〟の朝長義兄上。女房さんたちの話では、御二方とも人気があるらしい。
義平義兄上は「兄貴」と呼ばれ、どちらかと言えば男性に慕われているらしいが。
朝長義兄上は……
「可愛らしい
……甘い……
……誠に13歳なのだろうか……
普段は優美な貴公子で、女性関係は清廉潔白らしいが。
義平義兄上も15歳という年齢からすれば大人びていらっしゃるが、必要とあらば腹芸のできる朝長義兄上に対し、直情型の傾向はある。
以前、「気を張ることの多い義兄上が、少しでも肩の力が抜けるよう協力してくれ」と、朝長義兄上に頼まれた。
私は「普段通りに振る舞えばよい」と言われている。
「ふふ」
半分とはいえ、血のつながった弟に対して向ける視線ではないような……これも、演技の一環だろうか……と思っていると。
「鬼武者に、いやらしい目を向けるな」
「心外ですね。愛でていただけではありませんか」
義平義兄上の背中に隠され、朝長義兄上は
「……こほん」
少し離れたところで控えていた近江さんのかすかな咳払いに、3人ではっとする。
御二方は手早く官服を確認された。
「では、行って参る」
「良い子にしておいで」
「はい。ご無事にお務めを果たされますよう、ご祈念申し上げます」
義平義兄上は表情を引き締められ、朝長義兄上は私の頭を撫でてふわりと微笑まれ、それぞれの中門へと歩いて行かれた。
〔註釈〕
遣水:庭に作られた水の通り道。
中門:中門廊の途中に設けられている門。
中門廊:東西それぞれの対屋から、南に長く伸びる渡り廊下。
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