第三話

 詳細を伺うため、指定された時刻より少し前に雅楽寮うたりょうを訪れた。


 主殿寮までお迎えに来てくださった使部の方にお礼を申し上げ、集合場所の広間で待機する。

 雅楽寮には仕丁がいないため、使部の方が直丁の方とともに雑用をこなすらしい。


「……ふーっ……」


 まだどなたもお出でにならないのをいいことに、じんわりと体に溜まった疲れを出すように、深く息を吐く。


 北の主殿寮から南の端にある雅楽寮まで、四半刻30分ほどかかることはわかっていたつもりだ。だが、達智門から南に直進して460丈約1.4キロメートルは、結構遠いことを実感した。


 歩いていた際、南の美福門びふくもんを警護なさる義平義兄上の姿が見えた途端。

 雅楽寮までもうすぐという安堵から気が抜けそうになり、慌てて気を引き締めた。

 表情には出ていないはずだが、愉快そうに口の端を上げられた義兄上には、お見通しだったのだろう。


 17歳になられた義兄上は背が伸び、ますます逞しくなられた。

 寛正殿を見上げた時と角度が似ているため、5.9尺約180センチを越えられたのだろうと推測した。

 先日、義兄上に確認申し上げたところ、寝ていても骨がみしみしと音を立てるとのこと。


(……6.6尺約2メートルを越えることもあるのだろうか……)


 考えこんでいると、次第に人が集まっていらした。

 ひとりひとりにご挨拶申し上げ、全員が揃うのを待つ。


「鬼武者殿」


 声を掛けられ、そちらを向く。

 初昇殿以来、半年ぶりにお会いする鶴千代殿だった。


「鶴千代殿。ご無沙汰しております」

「こちらこそ。なかなかお会いできませんね」

「誠に」


 鶴千代殿の預かり先、左兵衛府は、内裏から陽明門に向かって側、門にほど近いところに位置する。

 お互いの部署の管轄が違うからか、同じ東側の区域でありながら、すれ違うことすらなかった。


 9歳になられた鶴千代殿は、与えられた仕事を、責任を持って取り組んでいらっしゃるのだろう。


「凛々しくおなりですね」

「そうですか?」

「はい。大人の表情をなさっていますよ」


 やはり、親のような心境で見てしまう。


「鬼武者殿にそう言って頂けると、嬉しいです」


 挨拶に始まり、そこここでしきたりに触れる機会があると、嬉しそうにお話しくださる。


 喜色満面で、ふりふりしているしっぽがあるように感じられる。

 身内ならば頭を撫でられるのだが……残念だ。

 

 鶴千代殿の朗らかな様子に、周りの方々も温かな眼差しを向けられている。



 後からのお話では、その眼差しは、相づちを打つ私にも向けられていたらしい。






〔注釈〕

雅楽寮:様々な公的行事で雅楽を演奏すること、また演奏者を養成する部署。

美福門を警護:左衛門府が警護を担当。


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