第二話

 数日後、父上が内々に私をお呼びになった。


「内裏再建の件は知っておろうな」

「はい」


 ご返答申し上げると、父上は深くため息を吐かれた。

 ……何か問題でもあったのだろうか。


「恩賞のひとつとして、舞童まいわらわの一人にそなたが選ばれた」

「……私が……ですか……」


 予期せぬお話に戸惑う。

 今季の殿上童と父君方の顔ぶれを思い描く。

 ……父上の位からして、私は該当しないはずだが。


 お話では10月頃、新たに造営した内裏へ、御上が居所を移される『遷御せんぎょの儀』が行われるそうだ。

 その行幸に際し、童舞わらわまいを披露せよとの下命があったとのこと。


「……大きな声では言えぬが」


 声を潜められ、言葉を一度区切られる。


「清盛公のお子がな……」


 言葉を濁されるそのお顔は、何とも言い難い表情をなさっている。

 梅若丸殿の所作が浮かび、失礼ながら腑に落ちてしまった。要するに、緩急のある舞には向かないと仰りたいのだろう。


「声の通るお子ゆえ、和歌の朗詠を任されるそうだ」


 ゆったりと読み上げるものゆえ、声の張りなどを勘案して、適任とされたらしい。

 そして、私が舞童に繰り上がり当選したと。

 父上のご様子では、不当ではないが、得心しかねるといったところか。


「そなたに妙な関心が寄せられるのは、御免こうむりたいのだがな……」


 父上は、鶴千代殿をはじめとする上位の家柄の中で、私一人が釣り合いがとれぬことをご心配なさっているのだろうか。


(……ん? この表情、どこかで……)


 ……そうか。行成卿と伊行様の書の写しをくださった際と、同じお顔だ。となると、此度の舞童のお話は、それと関係があるのか……?


「……あれが余計なことを申さねば……」


 父上が低く呟かれた。

 ……〝あれ〟とは、誰のことを……


「〝虫退治〟は、お入り用にございますか?」


 母上が麗しい笑みを浮かべられる。

 ……背筋が寒く感じるのは、気のせいだろうか。


「いや。由良の手を煩わせるまでもない」


 引き締まった表情で言い切られる父上も、見惚れてしまうくらいの男前だが、仰ったことが引っかかった。


(……『由良の手を』とはどういう意味だ? 母上は、熱田の箱入りお姫様ではなかったのか? 『虫退治』がただの虫ではないように聞こえたのは気のせいだろうか……)


 御二方の意味深な会話に、思考が渦巻く。


「ともかく、心しておけ。よいな」


 この話は終わりだとばかりに打ち切られてしまえば何も問うことができず、私は「承知致しました」と平伏するほかなかった。






〔註釈〕

舞童:舞楽を舞う子ども。

童舞:子どもの舞う舞楽。行幸の際など、特別な式典で行われました。

得心しかねる:納得できない。


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