第四話

 皆の言葉が尽きると、その場が達成感に満ちた。

 各々の肌も、心なしか艶やかに見える。


 その中で私はひとり、精も根も尽き果てていた。

 言葉の奔流に押し流されそうになるのを耐えていたため、幾分かやつれた心地さえする。


「鬼武者よ。我らの客観的な見解により、そなた自身をしかと理解したであろう」


 得意満面の表情で胸を張られる父上。

 私は〝客観的〟という言葉が引っかかったが、反論する気も起こらなかった。


「……おかげさまで……ありがとう存じます……」


 そう答えるのが精一杯だったが、次の一言に動揺した。


「ここからが大事なところぞ」


(……ここから……ということは、あの怒涛の美辞麗句は、序の口であったと……!?)


 思わず身構えてしまうと、父上はお笑いになった。


「顔が引きつっておるぞ」

「っ、申し訳ございません。精進が足りぬようです」


 即座に謝罪すると、父上は鷹楊に頷き、お許しくださった。


「さて。先ほど朝長の口から出た、〝牙を持つ闇〟の話を致そう」


 父上のお言葉を受けて、(……何だったか……)と思い出そうとした私の心の内は、お見通しだったらしい。


「そなた、忘れておったな」

「……申し訳ございません……」


 父上の呆れたご様子に、小さくなる。

 誉め殺しの言葉たちに翻弄されるまいと、気を張ることに懸命になっていたゆえ、すっかり頭から抜けていた。


「仕方のない者よ」


 呆れ口調だが、表情は優しい。


「そなたを評するに、戯れに言葉を連ねていた訳ではないのだぞ」


(……そのわりには、いきいきとなさっていたように見受けられたが……)


 疲労感が残るせいか、つい恨みがましい思考になってしまった。


「そなたが己を自覚することにより、今から致す話も意味があるのだが」

「……意味、にございますか……」


 父上の意を酌むことが難しく、確認するように呟く。


「うむ。聞けば否が応でも、自覚せざるを得ないであろう」


 恐ろしい前置きをなさった父上が仰るには。


 宮中は華やかな所に思うかもしれぬが、人の数だけ文化や思考が異なる。趣味嗜好も、人それぞれにあるとのこと。


「つまり……」


 一度言葉を区切られる。


「つまり、稚児に走る者もおるのだ」


 一大決心をしたような顔で告げられたが、「……左様にございますか」としか返せなかった。


「驚かぬのか」

「知識にはございますゆえ」

「……あぁ、そなたは本の虫であったな。文献にあったか」

「はい。発祥は女人禁制の場とか」

「うむ。……既知であるならばよい」


 疲れをにじませたお声で、ため息混じりに仰った。


 ……

 …………

 ……………………


 ……続きはいかがなさったのだろうか。

 まさか、あれにて終わりではあるまい。


「……父上」


 長い〝〟に待ちきれず呼びかけた。


「いかがした」

「伺いたいことがございます。〝牙を持つ闇〟とは、稚児に走る者を示す隠語ということでよろしいでしょうか」

「正しくは、その中でも稚児と見るや所構わずという者のことぞ」


 私の問いかけに、父上は補足なさった。


「……それは、……」

「ゆえに、我らは懸念しておる」

「私の童殿上に、よい顔をなさらなかったのは、かような経緯によるものなのですね」

「左様」


 父上は力強く頷かれた。


「……しかし、見目の問題であるならば、我が家は皆、容姿端麗と存じますが……義兄上方に何事もなかったのならば杞憂かと……」


 私の言に、父上は深く長いため息をつかれた。


「容姿のみで言えば然り」

「では──」

「そなたに問う。義平を何と見る」

「雄壮と存じます」

「では、朝長は」

「艶麗と存じます」


 まさに、武官、文官それぞれにふさわしい御二方だと思う。


 特に、朝長義兄上の口説き口調と雰囲気は、私が物心つく頃には形成されていた。

 童殿上の際も、女官の方々からは、さぞもてはやされただろう。


「二人の有り様を、よう表しておる」


 父上は同意するように頷かれた。


「彼の者どもは、『姿かたちは元より、清らかな存在であるほど良い』そうだ。『雄壮』や『艶麗』では、意にそぐわぬらしい」

「ゆえに、義兄上方はご無事であったと」

「うむ。女房たちから〝光の君〟と称される、そなたのような者が、最も危うい」


 仰ることは理解できるが、私の取り柄といえば真面目なところぐらいだろう。つまらぬ童に彼の者どもの食指が動くとは思えない。

 よって、父上がご心配なさるようなことはなかろう。


 いずれにせよ、出家の道を選ばないなら、童殿上をするほかないのだ。


 皆には細心の注意を払う旨を伝え、渋々ながらご納得頂いた。

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