第六話
予定通りに学問を終え、師をお送りするため牛車に乗る。嫡男ゆえか、元服前だが私専用のを一つ頂いている。
まだ官位がないので、一般的な
柔らかく暖かな陽射しに包まれつつ、のんびり進む牛車に揺られて、師のお住まいまで和やかに会話をする。
話がちょうどひと区切りしたところで到着し、挨拶をして師が降車なさった後、
屋敷に戻ると、止まった牛車の
普段、軛を置く為に使う
降りる準備の合図だ。前簾の傍まで移動する。
前簾が上がった。車副の者にお礼を言おうと顔を上げると、大きく綺麗な手が目の前に差し出された。
「お手をどうぞ」
「義兄上」
表が
高貴な笑みで手を差し出す姿は、お手本のような〝貴公子〟だ。
「義兄上の手は、大切な方のためにお在りでしょう」
姫ではないゆえ、ひとりで降りられますよと言外に匂わせ、やんわりとお断り申し上げる。
榻に足をおろすため袖格子に指を添えたが、義兄上のほうが一枚上手だった。
「鬼武者は、私の『大切な方』だよ」
「……
「さあ。いかが致そうか」
「お戯れはご勘弁ください」
「ふふ。困り顔も大層愛らしいが、今日はこのくらいにしておこう」
実は、昼餉の時刻だからと迎えに来てくださったらしい。そこで遊び心を出さないで頂きたい。
私は
「絵巻が目の前に……」と感涙しているそこの者。義兄上も私も、男の装束だろう。そなたの眼には、都合のよい変換器でもついているのか。
心の中で従者たちに突っ込みを入れていると、すぐ傍で
「──っ」
「ふふ。猫の子のようだ」
義兄上に抱きかかえられていた。
「……かように小さくありませぬ」
「そういう意味で言ったのではないのだよ。ふふ、拗ねる顔もまた愛らしいね。……おや。膨らんだ頬が、つきたての餅のようだ」
義兄上の御言葉に、ますますむくれる私。義兄上は笑みを浮かべられると、従者たちのほうに顔を向けられ、指示を出された。
「鬼武者は、このまま私が連れて参る。
「「「はっ」」」
「では、解散」
そのまま東中門に向かって歩き出される義兄上。
私は我に返り、慌てて「ご苦労であった」と彼らに労いの言葉をかけた。義兄上の腕の中からというのが、格好つかなかったが。
✽✽✽
私たちが去った後。
「朝長様、お帰りになって間もなく、こちらに参られたのじゃな」
「急いで着替えられたとは思えぬ身だしなみよの」
「『何はさておき若様』ゆえなぁ」
「あの涼しげな目元が、若様に向けられる時はゆるゆるじゃの」
「ああ、ゆるゆるじゃ」
「若様も、朝長様のお相手をなさる時は、年相応に見えるのぅ」
「良いことじゃ。若様にも息抜きが必要じゃて」
「それにしても、眼福じゃな」
「御二方とも、美しゅうあられるよって」
「絵巻が動いとるようじゃ」
「おぬし、うまいこと言いよるの」
彼らがこのように、ほのぼのと会話をしていたことを知らずにいた。
〔註釈〕
車副:牛車につく従者。
軛:牛や馬の首にあてる横木。
轅:牛車の車輪の内側から、前に向かって長く平行に突き出た2本の棒。
車宿:牛を外した牛車を入れる建物。中門の外、東西にひとつずつ設けられていました。
生活サイクルについて:ここでは、起床、食事などを、現代寄りに設定しております。
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