第七話

 大内裏では曜日に関係なく、各々が6日勤務で1日休みという周期で動いている。


 内裏に御上がおわす以上、機能を止めるわけにはいかない。ゆえに各部署内で交代に休みをとれるよう、調整が行われている。


 一応、物忌ものいみもあるが、昔の文献のような「自宅の門を出ることまかりならん」ということはない。

 朝のお祓いと帰宅後の写経で、心身を清めるという形式を踏んだこととしている。


 物忌の数日間は接待などもってのほかで、業務が終わると真っ直ぐ自宅に戻る。

 1日の残りを静かに過ごし、あとは精進料理を頂くのがこの世界の決まりとなっている。



 ✽✽✽



 初めての休みが明けて、今週から少しずつ、他部署への書簡運びをさせて頂くこととなった。

 まずは、主殿寮に近いとされる掃部寮かもんりょうに伺う。


 案内してくださるのは、仕丁の大橋寛正ひろまさ殿。

 道順を教えて頂いたら一人で参ろうと思っていたが、広房殿が寛正殿に大量の書簡をお渡しになり、「届けるついでに案内してください」と仰ったのだ。


 仕丁の手も惜しいのでは……と内心首を傾げたが、広房殿の「勤務評価に繋がりますので、童が書簡運びをする際には、監督者をつける決まりとなっています」というご説明で納得した。


「とりあえず行くか」

「はい。よろしくお願い申し上げます」

「おう」


 二人で門を出る。

 義平義兄上よりもさらに見上げる角度からすると、寛正殿は5.9尺約180センチを超えていると思われる。


「建物の数をかぞえて直角に曲がれば、間違うことはないがな」


 笑顔が爽やかな寛正殿は、22歳だそうだ。

 少し浅黒のこの方は〝頼れる海の男〟という印象だが、広房殿の部下らしい合理的な考え方をなさる。


「達智門が見えたら左手に曲がって、通りを南に直進。3つ目の建物、縫殿寮ぬいどのりょうの角を西に曲がって2つ先が掃部寮だ」

「わかりやすいご説明、ありがとう存じます」

「おう」


 普段はこの口調だが、式典などの正式な場では、改めていらっしゃるそうだ。


「元々がお貴族様じゃないからな。佐々木のじい様に引き取られなきゃ、今頃はまだ、寺で適当に過ごしてたんだろうよ」

「佐々木の……」

ぼんは知ってるよな。季定すえさだってじい様」

「定綱従兄にい様の、祖父君おじいさまですね。一度お会いして、それから長らくお会いしておりませんが……」

「おお。じい様も若も、坊のこと気にしてたぞ」

「左様でございますか」


 寛正殿はもともと、ある理由により寺に預けられていらしたそうだ。

 そこへ、ご高齢を理由に一線を退かれた佐々木季定公が、学問と鍛練の講師として招かれ、寛正殿の才を見出だされたらしい。


「『儂の手元で育ててみたい』とか言って引き取ってくれたんだが。いや~、山越えよりしんどかった」


 寺に導いたのが山伏の方だったそうだが、身分証を持っていらっしゃらなかった寛正殿は関所を通れなかった。ゆえに、5歳にして険しい修験道で国境を越えられたそうだ。

 西のほうからいらしたそうだが、詳しくは覚えていらっしゃらないらしい。


「じい様の邸宅で、来る日も来る日も学問と鍛練でみっちりしごかれてなぁ。口癖が『すべがあれば飯は食える。今逃げるのは楽だが、12の歳を大人になる前にその術を失うことになるぞ。よいのか』だった」


 しかも、笑顔で世間話のように仰るので逆に怖くなり、泣きながら必死に励まれたらしい。


 元服を期に大橋という名字を与えられ、秀定公が名づけ親になられたとのこと。「寛大であれ。正大であれ」との願いから、〝寛正〟と名づけられたそうだ。


「確かにじい様の言う通りだったな。おかげで、翌日の雑穀を数えなくても、食うには困らなくなった」


 今では感謝してると、穏やかにお笑いになる寛正殿。


 官位はなくとも、こうして主殿寮に勤められるようになるまで、相当な努力をなさったのだろう。

 身につけた知識や鍛えた体は背筋を伸ばし、目は力強く前を向いていらっしゃる。


「ここが掃部寮だ」


 門から少し離れて止まるよう指示された。


「ちょっと待ってな」

「はい」


 進み出た寛正殿が、門番の方に書簡を届けに伺った旨を伝えてくださっているようだ。形式に則った所作が、作法をきちんと身につけられたことを裏づけている。


 門番の方がちらりとこちらをご覧になった。童殿上の件もお伝えしてくださったのだろうか。

 私は書簡を胸に抱え、立礼の小揖にてお辞儀をする。


「──あれは、まずいだろ!」

「でかい声を出すな! だから、俺がついてるんだ!」


 思わず、といったように声を張り上げた門番の方を、叱咤する寛正殿の声量も負けていない。

 ひと揉めした後、互いに大きく息を吐かれた。


 寛正殿に手招きされ、ご紹介頂く。


「今回の童殿上で、ウチ主殿寮に配属された、鬼武者殿だ。左馬頭義朝殿の三男だそうだ」

「よろしくお願い申し上げます」

「ああ、よろしく」

「こいつのことは、『門番』でいい」

「それじゃどの部署も同じだろうが! 名前があるんだよ、名前が!」


 軽快なやり取りは、漫才のようだ。

 門番の方は顔をそらしてため息を吐き、こちらを向かれた。


今浜尚元いまはまなおもとな。こいつ寛正とは、……〝旧知の仲〟ってヤツだ」

「おっ、ひとつ賢くなってるじゃないか」

「お前、それ褒めてないだろ」

「おぉ、やっぱり賢くなってるな」

「お前なぁ」


 楽しい会話に、くすりと笑ってしまった。


「尚元殿、ですね。お手数をおかけしますが、ご指導のほど、よろしくお願い申し上げます」

「お……おぅ……」


 赤くなってしどろもどろに返答なさる尚元殿。



 一歩離れたところで寛正殿が天を仰ぎ、「……若と上司の、予感的中……か……」と呟いていらっしゃったのを、私は気づかずにいた。






〔註釈〕

物忌:暦の凶日や穢れに触れてはならない日。

暦の凶日:六曜・十二ちょく・下段に従い、凶と判断された日。(例:赤口、黒日など)凶の度合いは六曜<十二直<下段となります。

掃部寮:宮中の清掃、諸行事のための設営を担う部署。

縫殿寮:宮中用衣服製造の監督と後宮女官の人事を担う部署。

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