第二話

 義平義兄上は私を抱えられたまま、階で一度かがまれた。脚の上に私を乗せ、雪ぐつを脱がそうとなさっている。


「自分で脱げますゆえ」

「気にするな。このほうが早い」


 藁で私の脚を擦らぬよう注意を払いつつ、手早く脱がされる。仰るとおり、かじかんだ私の手より早──


「──っ」


 冷気が素足に当たり、思わず身を竦めた。


「ああ、すまん。寒かったな」


 義兄上は私を左腕に抱え直されてお立ちになった。

 自らの雪ぐつをいささか雑にお脱ぎになりながら、右袖を私の足に掛けられる。


「平気にございます。直に火鉢にあたりますゆえ──」

「うむ。それまで、これで辛抱致せ。すぐに着く」


 広間へと足早に歩かれる。

 ……そうではなく、申し訳ないので降ろして頂きたいと──


「ほら。着いたぞ」


 義兄上がそっと降ろしてくださったのは、手近にあった火鉢の傍。女房さんたちが火をおこしてくれてあり、炭が赤々と燃えている。


「ありがとう存じます」


 ほんのりと暖かい空気に、無意識に強ばっていた体が弛緩するのを感じた。


「溶けるか?」


 私の体から腕を外されながら、くつくつとお笑いになる。


「私は雪うさぎではありませぬ」

「白くて、似たようなものだ」

「かように愛らしくありませぬ」

「小さくて愛らしいぞ?」


 私は少しむっとして、口を尖らせた。


「今に、義兄上ほどに大きくなってみせまする」

「楽しみだ」


 頭をぽんぽんと撫でられる。


 決意がいなされたようで余計にむくれる私に、近江さんが甘酒の入ったお椀を手渡してくれた。

 義兄上もお受け取りになり、近江さんにお礼を言って2人で飲む。

 こくりと一口飲み込むと、胃のから温かさが広がっていくような心地がした。


「美味いな」

「はい」


 少しずつ味わって飲む私に対し、義兄上はお椀を勢いよく傾け、一気に飲み干された。


「美味いが、酒のほうが良いな」


 確かに、酒精が強いほうが体は温まるだろう。

 我が家の甘酒は米麹から作るので酒精がなく、童でも飲める。


 白湯で薄めた優しい甘さは幼少組もお気に入りで、「おいしい」と言いながらおかわりを所望している。宗寿丸も輪におり、父上からそれぞれにお褒めの言葉を頂いたらしく、揃ってにこにこしていた。


 朝長義兄上は、義母上たちの輪に加わっていらっしゃる。

 ……炬燵こたつがあれば……と思う。皆で集うには、火鉢では小さい。ゆえに、そこそこ近くにはいるのだが、幾人かずつに分散してしまう。


「義平様。もうおひとつ、いかがでしょう」


 こちらでは、近江さんが提子ひさげを手に、にっこりと笑った。


「近江。聞いていたのなら、意地の悪いことをするな」

「何のことにございましょう。義平様のお体が温まるようにと、甘酒をお勧めしているだけにございますわ」

「わかった、わかった。お前の主を、揶揄からかったことは否定せぬ。だが、愛らしく思うゆえだ」

「そのように、良いお顔で仰られても困ります」


 つん、と横を向く近江さんに義兄上は苦笑なさり、「主思いの、良い女房にょうぼうを持ったな」と私に囁かれた。






〔註釈〕

甘酒:米麹または酒粕から作られる飲料。

椀:木で形を作り、漆を塗った器。木製を「椀」、石製を「碗」と書きます。

胃の腑:胃。胃袋。

酒精:アルコール。

提子:つると注ぎ口のある小鍋形のお銚子ちょうし。銀やすずでできています。雛人形の三人官女、こちらから見て左の人が持っています。

鉉:半円状の取っ手。弓の形が語源です。金属製なので「鉉」です。


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