第二話

 父上のお話を伺いながら、私は悲憤の意に駆られた。


 誰が誰を恨もうと好きにすればいい。

 喧嘩など、したい者だけがすればいい。


 己の力を、拳でしか誇示できない者がいることは知っている。そのような者は、そのような生き方しかできないのだろう。


 だが、朝廷は違う。

 「武力は有事の際に備えて」のことらしいが、政治には必要ない。

 いや、政治に限らず、暴力を持ちこんで良い場所・理由など、ありはしない。


 綺麗事だけではやっていられないのは理解できるが、もともと裏で人の足の引っ張るのが〝お得意〟な方々だろう。

 ならば、政変をなさりたいなら、〝お得意〟の手腕をいくらでも発揮なさればいい。


 そうすれば……今が武士の世でなければ、「乱」などと呼ばれるほどの武力行使にはならなかったはずだ。



 ✽ ✽ ✽



 ──前世の私が、どこかで声高に叫んでいる。


『それほど気に食わないなら、〝あっち向いてホイ100番勝負〟でもすればいいじゃない!!』


 ……あれは、心身ともに疲弊する。過去に体験したことのある私が言うのだから、間違いない。


 おざなりに始める〝あっち向いてホイ〟も、回数を重ねるにつれて熱を帯びてくる。

 観戦している者たちも妙に盛り上がるので、当人たちも高揚してきて意味もなく動作が大きくなっていく。


 これは全身運動なのだと、この時初めて知った。同時に、〝神経衰弱トランプゲーム〟より神経がすり減るかもしれないと感じた。


 指差すほうは、空気でも切り裂いているのかと思うほど勢いよく腕を振り回し。

 顔を背けるだけでいいはずの相手は、調子にのって大きく背中を反らせ、マトリックスの真似などしていた。


 代償は、数日に渡る全身筋肉痛と、首の筋を痛めた程度だった。程度とはいっても、しばらくは痛みであまり眠れなかったのだが。



 ✽ ✽ ✽



 ともかく、この場合は内紛に関わったすべての者──父上を含む後白河天皇方だけでも600人を越えるのだから、トーナメント戦にでもすべきか──で、〝あっち向いてホイ100番勝負大会〟でも開催すればいい。

 当然、武具の類いは一切なしだ。


 勝負に熱くなるうちに、なぜ争っていたか、何のために争っていたか、考えるのも馬鹿馬鹿しくなるだろう。


 後に残る多大な疲労感と体の痛みに苦しむ間、武力行使をした場合それ以上の被害が出ることを考え、猛省するがいい──


「──の間、朝長、鬼武者。そなたらが家族を守るのだ。よいな」

「はっ」


 朝長義兄上が平伏なさる。

 義兄上に倣いながらも、私の心はざわめいていた。


「面を上げよ」


 父上のお言葉に平伏を解き、父上と義平義兄上が身に纏われる大鎧を見つめる。

 革製のそれが、まるで死装束のように見える。


 禍根を残せば、必ず誰かが遺恨を晴らそうとする。そのような無限の地獄をわざわざ引き起こそうとするなど、愚の骨頂としか思えない。

 だが、それを口にすれば、この世で異端扱いされるのは目に見え──


「──しゃ、鬼武者」

「っ、」

「いかがした。気分でも悪くなってしまったか」


 朝長義兄上が、心配そうに私を見つめていらした。


「……申し訳ございませぬ。……少し、心がおちつかず……」

「普段と違う空気ゆえ、不安に思うのも無理はない」


 私がついているゆえ心配せずともよいと、抱きしめてくださる義兄上。



 安心する香りに包まれながら、複雑な心持ちに蓋をするように、目を閉じた。

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