第一話

 穏やかな光が、庭の花々を美しく輝かせる。

 広間には家族が集まり、和やかに談笑している。


 私は上げた御簾の近くで、最近さまになってきたハイハイを披露してくれる妹の相手をしていた。


「上手だな。手足がしっかり動いているぞ」

「あぅ」


 昨年誕生した妹は、得意げな顔も愛らしい。



 異母兄弟合わせて、8番目にして初のお姫様おんなのこなので、皆も構いたくてしかたがない。

 ただ、一斉に群がるのを自制するため、家族は少し離れたところに座している。


「そなたの稚児の頃と、よう似ておるな」

「ほんに。よく動く子でしたわ」


 父上と母上が懐かしそうな顔をなさる。

 自らも回想してみるが、思い浮かんだのは生まれたばかりのこと。


 ハイハイの頃を覚えていないのは残念だが、それよりも。


(……生まれたばかりで、少し距離のある人の顔が見えるものだろうか……)


 ──確か、生後間もなくは、周囲がぼんやりとしか見えていないはず──


(……これは、〝誰〟の知識だ……?)


 書物庫の文献はよく読んでいるが、このような記述があった物など記憶にない。




「あぅ」


 いつの間にか目の前にちょこんと座り、膝をぺちぺちと叩いてくる妹によって、不可思議な現象への疑問は後回しになった。


「ん。ん」


 両手を伸ばして〝抱っこ〟の催促をする姿の、何とあどけないことか。


「よしよし。抱き上げるぞ」

「んふーっ」


 要望に応えて抱っこをすると満面の笑顔で喜ぶので、皆も骨抜きになる。


「あぅ」


 小さな人さし指を伸ばして、私を指差す。


「うむ。顔が近くなったな」


 正解かはわからないが、頷いて妹に笑いかける。表情筋があまり活発でないので、目元と口元が多少緩むくらいにしかならないが。


「きゃっきゃっ」


 喜んでいる。どうやら通じたらしい。


「あー」

「庭が気になるのか?」


 次は庭を指差す妹を抱き上げたまま立ち上がり、濡れ縁の近くまで移動する。


「あうあう、あー」

「うむ。良い陽気ゆえ、花もことさら美しく見えるな」


 あちらこちらと指差しては私の顔を見る妹に、相づちをうった。



 ✽✽✽



「鬼武者は姫に好かれておるな」

「姿があると姫の機嫌が良いのです」

「ふむ。鬼武者を慕う者は多いと聞くが、なるほど人を惹きつける才があるようだな」

「殿の御子ですもの」

「麗しさは御方様に似ておいでですわ」

「女房たちが、若様方を『まるで光の君と紫の上のよう』と誉めそやしておりますのよ」

義平よしひら殿も、朝長ともなが殿も、良いかんばせをなさっているではありませんか」

「ありがとう存じます、義母上。……なんだ朝長、人の顔をじろじろと見て」

「兄上は凛々しい顔立ちゆえ、鬼武者のような〝光の君〟にはなれませんね」

「お前も良くて〝頭中将とうのちゅうじょう〟だろう」

「否定は致しません」




 花々を見て妹と会話する私は、後ろで静かに交わされる優しい会話に気づかなかった。






〔註釈〕

濡れ縁:縁側。

光の君:源氏物語の主人公。光源氏のことです。

頭中将:源氏物語の主人公の親友。


異母兄弟の表記について:ここでは、同母兄弟との区別のため、『義』の字を表記しております。(例:義兄上、義弟など)

呼び名について:ここでは、元服後は主に改名(例:朝長)または別名(例:松田冠者)を呼び名と致します。


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