第五話

 この話には、続きがあった。


「……本来は、お耳に入れるようなことではないのですが……」

「構わぬ。申せ」


 ためらう小助を促す。


「若様のお心を乱すだけかと……」

「小助」


 なおもためらう小助を、やや威圧的に呼ぶ。

 10歳の外見では、言動が伴わないことは充分承知している。


「──はっ」


 何かを察したらしい小助が畏まった。


「私も源氏として名を連ねるには、皆に守ってもらうばかりではならぬ。知識がなくば、皆を守ることもできぬ。そなたの報せが、今、私の欲する〝知識〟ぞ」


 あえて尊大に言い放ち、覚悟はあると眼で示す。


 小助は私の視線を受けとめ、腹を決めたのだろう。一度結んだ口を、ゆっくりと開いた。


「……では、──」


 その内容は、確かに普通の童には、絶対に聞かせてはならないものだった。まず、心が耐えられないだろう。

 実年齢以上の心を持つ私ですら、平然とした表情を維持するのに相当な精神力を要した。


 どうにか労いの言葉をかけて小助の退出を許した後、握りしめていた扇の骨がみしりと音を立てたことで、ようやく我に返った。

 非力な私が、重なった竹を軋ませるほどの力を込めずにはいられなかったのだ。



 ✽✽✽



 小助の報告は、以下の通りだ。


 後白河方から挑発行為を繰り返された崇徳方。

 明らかな劣勢だったにも関わらず、名誉と尊厳を守るため、挙兵する道しか残されていなかった。

 

 9日夜半。崇徳上皇陛下は、少数の側近とともに鳥羽殿を密かにお出になられた。

 行かれた先は、妹宮であらせられる統子むねこ内親王殿下のおわす御所だった。


 鳥羽殿への強襲をご案じなさった祖父上が、皇祖神天照大神の子孫であらせられる方の血を流してはいけないと、ご提案されたそうだ。



 後白河方へ誓約書を差し出されたはずの祖父上が、なぜ崇徳方の陣営にいらっしゃるのか、疑念を抱いた。

 だが、祖父上のお人柄を思うと、ことさら奇妙なことではないのかもしれない。


 折に触れ便りを交わしていたが、誠に情に厚い方であった。

 ゆえに敵方といえど、一人、二人と減っていく兵を目の当たりにして、おそらく不憫に思われたのではないだろうか。


「家督も嫡孫もおる。老い先短い儂が散ろうとて、憂慮することはあるまいぞ」


 家臣にはこのように仰せられ、希望する者には他邸への勤め口を紹介なさろうとした。

 だが、皆、祖父上についていくことを望んだそうだ。その先には、黄泉路よみじしかないというのに。


 父上は内々に説得なさっていたそうだが、祖父上は「これも御仏の導きよ」と豪快に笑われたらしい。



 そして迎えた11日。両軍が対峙した。


 圧倒的な武力を誇る後白河方に対し、崇徳方は私兵団がほとんど。力の差は歴然だった。

 言わば〝その道のプロ〟の方々が後ろ楯でつく大学生の集団に、小学生がたった数人で喧嘩を売ったようなものだ。


 健闘しながらも、本拠地に火までかけられては、兵も崩れるほかなかった。


「刈る根は少なく、深いほうがよい」


 合戦が始まる際に、信西殿が放ったげんらしい。


 情勢に移ろう者は、所詮〝長い者に巻かれる者〟即ち、脅威にはなりえないということだ。

 だが、敵となった者を、ここまで徹底的に潰す必要があったのか。



 さらに、この乱の発端であるはずの公卿方で、この戦にお見えになったのは東宮傅とうぐうのふ・徳大寺実能さねよし卿のみであったとのことだ。


 他の方々は、法皇陛下の服喪を口実に出仕すらせず、後日、内裏にて「野蛮なことよ」と嘲笑っていたのだという。


(命を軽んずる者に、人を統べる資格などない……!)


 自らは高見の見物をしながら、武士は公家のために命を賭するのが当然のような振る舞いに、はらわたが煮えくり返るようだった。



 ✽✽✽



「……おのれ……!」


 喉の奥から絞りだした声は、自らがぞっとするほどの唸り声だった。

 怒りのまま食い縛った歯が、ぎりっと音を立てた。


 灯明の薄暗い火に浮かび上がる私の顔は、夜叉のごとく恐ろしいものだっただろう。




 あのような者たちのために、祖父上を始めとする多くの命が犠牲となったことを、決して忘れてはならないと、私は心に誓った。






〔註釈〕

扇の骨:扇の芯となる、細長く割いた竹。

黄泉路:あの世への道。

東宮傅:皇太子の教育を司る官位。


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