雪積もりてすべてを雪(そそ)ぐ ──保元二年(1157)如月

第一話

 立春が過ぎ、我が家の梅も見頃を迎えた。


 数日前から今日の明け方まで降り続いた雪は庭を白く覆い、紅梅が映えて美しい。

 白梅に積もった雪は、花とも相まって、小鳥がたくさん枝に止まっているようだ。


 午後の暖かいうちなら、ひととき庭で遊んでもよいと許可をもらった幼少組は、階から庭へと繋がる雪の道ができるのを、わくわくしながら待っている。

 下働きの者数名は、きらきらした目に見つめられ、苦笑しながら雪かきをしていた。


 妹のお付きの者は慣れた手つきで、妹の衣のたもとたすきをかけ、衣の裾と袴が雪で濡れぬよう、別の襷で巧いこと絡げている。「いっそのこと、外遊び着として童水干わらわすいかんを用意してはどうか」と提案すると、「大殿様に伺いますわ」と乗り気だった。


 道と雪投げ用の足場ができ、父上から「よし」と言われると、今若丸、乙若丸、妹の3人は雪ぐつを従者に履かせてもらい、庭に駆け出していった。

 妹は今若丸たちと外で遊ぶのが好きらしい。貝合わせなどの屋内遊びは、天気の良くない日にするものと決めているようだ。


 父上たちは温かな眼差しで、「子どもが元気なのは、良きことだ」と、広間から見守っていらっしゃる。



 ✽✽✽



「えいっ」

「すごい!」

「とびました!」


 今若丸が投げた雪玉の距離に、乙若丸と妹が歓声を上げた。


(……すごいな。5歳とは思えない投球フォームだったぞ。前世なら、球団からのスカウト間違いなしだ)


 内心で兄バカ全開の称賛をしながら、幼少組最年長の宗寿丸を探す。……いた。


「…………」


 雪投げ会場の反対側、少し離れたところで、一心不乱に雪うさぎを作っていた。

 黙々と手を動かす姿は、職人のようだ。


 両手いっぱいに雪を運び、立体的な楕円形を作って鼻先を軽く摘まむ。

 様々な角度から眺め、納得のいくまで修正。

 ようやく葉を耳の位置につけたかと思えば、また眺めて形を整える。


 南天の実をつける際など、願掛けの目入れかというほど真剣な顔で、慎重に目の位置に差しこんでいた。

 ……名匠か。名匠なのか。6歳にして、何かを極めようとしているのか、宗寿丸よ。


 いくつ作る気なのか、手が止まる気配はない。

 だが、そろそろ部屋に上がらねば風邪をひく。


 私は近江さんに「温かなものを」とお願いして、宗寿丸に近づいた。


「良い出来だな」


 新たな雪を掬おうとした宗寿丸に声をかけると、手を止めて振り返った。


「兄上」

「たくさん作ったな」

「はい。皆を作ろうと思いました」


 一番大きなうさぎが父上とすると……なるほど。


「あと2つか」

「はい」

「私も作ってよいか」

「兄上もですか?」

「うむ。12匹すべてを自らで完成させたいのならば、邪魔は致さぬ」


 宗寿丸は私を見つめ、ふわりと笑った。


「兄上と一緒に作りたいです」

「左様か」


 私も頬を緩める。

 小さな指先が赤くなっていたので今すぐやめさせたいが、おそらく、やり遂げなければ気がすまないだろう。


「ならば、私は今若丸を作ろう。そなたは乙若丸を作るがよい。一番小さいゆえ、目の配置が難しいやもしれぬが」

「やりがいがあります」


 妥協案を提示したつもりが、かえって職人魂に火をつけてしまったらしい。

 これは早く仕上げて、部屋に戻るよう促したほうが良さそうだ。


 両手で掬い上げた雪の冷たさに驚きつつ、形を作っていく。

楕円にするところまでは順調だったが、鼻先をふんわりと摘まむのは、意外と技術を要した。


 葉をつけたところで宗寿丸をちらりと見ると、慣れた手つきで、ちょいちょいと摘まんでいる。


「器用だな」


 集中しているところに話しかけるつもりはなかったのだが、うっかり口にしてしまった。

 手を止めた宗寿丸が、こちらを向く。


「邪魔をするつもりではなかったのだが。すまぬ」

「兄上にほめられるのは、うれしいです」


 誠に嬉しそうに笑うので。

 いつものように頭を撫でようとして、雪で濡れていることを思い出した。


 頭に触れる寸前で手を止め、どうしようかと考えていると、大きく綺麗な手が、宗寿丸の頭をそっと撫でられた。


「私が、鬼武者の手の代わりになろう」

「朝長義兄上……ありがとう存じます」


 宗寿丸の隣に屈まれた朝長義兄上にお礼を申し上げる。


「そろそろ部屋に戻れ。風邪をひく」


 私の隣には義平義兄上が屈まれた。私の頭を包むように手を添えられる。


「はい。目を入れましたら、すぐに参ります」

「お前もだ、宗寿丸」

「はい、義兄上」


 私が返答申し上げると、義平義兄上は宗寿丸にもお声をかけられた。

 宗寿丸も素直に頷き、葉と南天の実をうさぎにつける。


「よくできたね。父上に見て頂こう」


 朝長義兄上が、宗寿丸を抱き上げられる。


「鬼武者は肩車が良いか?」

「一人で歩けますゆえ」

「体が冷えている。それ」

「義兄上……姫抱きはお止めください」

「注文が多いな」


 義平義兄上は笑いながら階に向かわれる。

 後ろから、朝長義兄上が静かに雪を踏む音と和やかな会話が聞こえた。






〔註釈〕

童水干:子ども用の水干。上衣うわぎを袴の中へ入れられるので、動きやすいのが特徴です。

雪ぐつ:藁で編んだ長靴型防寒靴。


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