第八話

 はじめてのおつかい(監督者あり)は、概ねうまくいったように思う。出だしとしては好調ではなかろうか。


「……あいつ、あんな奴じゃなかったんだがな……」


 寛正殿が疲れたように肩を落とされた。

 ……掃部寮の、使部の方のことを仰っているのだろうか。



 ✽✽✽



『今回の童殿上で、ウチに配属された、鬼武者殿だ。左馬頭義朝殿の三男だそうだ』

『よろしくお願い申し上げます』

『よろしく』

『よろしくな』

『──あ。上に報告し忘れたことがある。行ってくるから、坊を頼んだ』

『はいよ』

『了解』

『………………』

潮平しおひら? どうした?』

『……クの、──……』

『は?』

『ただいま戻りました──って、それ、返却する箒!』

『……あいつ潮平、何する気だよ』

『ぶんどった箒の柄、あの子に突き出したぞ』

『……こ……』

『いかがなさいましたか』

『……こ、……このほうきで、ボクをしばいてください!!』

『『『はあ!?』』』

『あの……』

『ああ、わずかに困惑した顔も素敵だ……っ! 目は涼やかながら温かみがあって……ボクの求めている菩薩像が具現化した!』

『『『菩薩は箒でしばかねぇよ!!』』』

『お願いします! 菩薩様……!』

『あいつ、様子がおかしいぞ』

『止めないと、──え? あの子、柄に手を添えたぞ』

『……何だあの気高い微笑みは……』

『……口の端をわずかに上げただけなのに……』

『……まさか、本当にしばく気じゃないよな』

『……危ない橋を渡りそうだ。どうしよう……』

『……おい。最後に呟いたヤツ誰──』

『こちらの箒は、いと高きとても高貴なところを清められたものにございましょう。ゆえに、使うことは憚られますが、またの機会がありましたら』

『はい! 是非!!』

『……そうか……菩薩って、童子の姿だったんだな……』

『今度から、あの子の姿が見えたら拝むわ』

『今、拝んだら良いんじゃないか?』

『お前、天才かよ』

『じゃあ俺も拝んでおこう。何かご利益がありそうだ』

『──待たせたな、坊。……って、何だこの絵面。何があった。……おい、成之しげゆき

『……尊い……』

高信たかのぶ? 宗泰むねやす?』

『『……尊い……』』

『……坊。行くぞ』

『はい』

『菩薩様……!』

『潮平はすがりつこうとするな。その箒を返却してこい。 坊、行くぞ。一刻も早く行くぞ』

『はい。それでは皆様、失礼致します』



 ✽✽✽



 あれは、新入社員(仮)歓迎の余興と判断したので、それに即した対応をしたつもりなのだが……何か問題があったのだろうか。


官職の方々とは、普通に挨拶で終わったんだがなぁ……いや。今考えると、何か表情が違ったような……しかし、少し離れた隙に、まさかあんなことになるとは……」


 何事か呟いていらした寛正殿が、こちらを向かれた。


「坊も、変な性癖を目覚めさせないでくれよな」

「……申し訳ございません」


 よくわからないが、私が悪かったらしい。

 ついでに事の顛末を申し上げたら、寛正殿のため息が深くなった。


「そのやりとりはまずいだろ……」

「余興かと存じましたゆえ、こちらも応じたほうが良いかと」

「よ──!? いやいや、あれはそういう域じゃないだろうが」

「……左様でございますか」


 ……何がいけなかったのか。


 前世での挨拶において、「おはようございます」と「今日もクールな目元が素敵ですね。そのヒールで踏んでください」がセットになった後輩への対処法を用いたので、間違ってはいない……はずだ。


「……無自覚か……そうか……無自覚なのか……」


 寛正殿が、遠い目をなさった。

 身長差により、仰っていることは聞き取れないが。


 それよりも。数は減ったものの、寛正殿が抱えていらっしゃる書簡のほうが気になる。


「寛正殿」

「……あんなの量産されたら──あ?」

「恐れ入ります」

「あ、おう。何だ?」

そちらその書簡は、別件でしょうか」

「ん? ……あぁ、そうだ。坊も来な。ついでに内膳司ないぜんし顔見せ挨拶しておくといい」

「お心遣い、痛み入ります」


 内膳司は掃部寮の斜め向かい南東に位置する。

 職種柄、内裏と同じ区画にある。ということは、煮炊きで使う薪や炭など、主殿寮の管轄に関する書簡だろう。


「坊」

「はい」

「くれぐれも言っておく。さっきみたいのが現れても、相手はするなよ」

「しかし、余きょ──」

「いいな」

「し、承知致しました」


 ……妙な迫力があって、圧されてしまった。



 ✽✽✽



 こちらでも、まずは門番の方に挨拶をして、中に通して頂いた。


 入り口の糸所いとどころを会釈で通過する。その奥に、内裏に近い側から采女町うねめまち、その隣に内膳司がある。


 部署内で官職の方々、次いで雑務の方々にご紹介頂き、それぞれにご挨拶申し上げた。

 あまり長居して業務に差し支えがあるといけないので、早々においとました。



 内膳司では和やかな雰囲気だったので、特に問題は──


「……本当に勘弁してくれ。何て報告したらいいんだよ」


 寛正殿が額に手をあてられる。


「……菓子処? 茶屋? 『よければ休日にでも……』じゃないだろ。誘ってどうするんだ。……どいつも、こいつも……」


 休日なんざ被らせないからなと唸る寛正殿の半歩後ろを、私は黙って歩くしかなかった。






〔註釈〕

内膳司:天皇の食事調理と配膳・食料調達を担う部署。

糸所:主に、端午節の際に薬玉くすだまを献上する部署。

采女町:天皇や皇后に仕え、身の回り食事などの雑事を専門に行う女官の部署。


菓子処や茶屋について:ここでの設定としております。

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