第五話
門をくぐり、執務室に通されて、皆様にご紹介頂いた。ここにいらっしゃるのは、仕丁以上の方々とのこと。
ご挨拶申し上げると、その場が静まり返ったように感じたが、すぐにざわめきが聞こえてきたので気のせいだろう。
その後、予備の机に向かうよう指示された。
文机だと沓を脱ぎ履きしなければならないので、机と椅子が設置されているそうだ。それほど忙しいということだろう。
広房殿が紙の束を腕に抱えられ、机の横へお立ちになった。
駈使丁が提出した報告書が主らしい。
「こちらでは、書簡運びは雑務の者が担当しています」
書簡はまとめて運ぶことが多いため、力仕事も担う者のほうが効率が良いそうだ。事務方の人手を割くのが惜しいというのも、理由のひとつである。
「鬼武者殿には、〝童殿上の仕事〟としてお運び頂くものもあるかと思いますので、心得ておいてください」
書簡運びは童の顔見せを兼ねているのでは……という疑問は、広房殿のお言葉で即座に解決した。
「お心遣い、痛み入ります」
「いえ。早速ですが、こちらをご覧ください」
広房殿は紙束の上から3枚取り、机の上に並べられた。
それらの見方を教えて頂き、目を通してみる。
……非常に見づらい。
乱雑な字で所々読めず、書き方もバラバラだ。
おそらく、担当区域がいくつもあって気が急くのと、文頭と文末の文言以外は決まった書式がないため、思いつくまま書いているせいだろう。
「あなたなら、これをどう纏めますか?」
これを……
私は3枚に目を走らせる。
「1枚ずつでよろしいでしょうか。それとも、3枚を1枚に纏めたほうがよろしいでしょうか」
「! ……なるほど」
広房殿に顔を向けて伺うと、切れ長の目を一瞬見開かれ、表情を戻して呟かれた。
「〝神童〟の噂は誠のようですね」
……神童?
「失礼。これは、こちらに派遣された方への、通過儀礼です」
「左様でございますか」
「そのまま書き写すのみの方が大半ですが、あなたはまず、『どのように纏めるか』を考えましたね。なぜですか?」
「3枚とも、ひとりの方が書かれたとのことですので、場所によって分別するのか、担当者ごとに分別するのかを伺ってからのほうが良いかと存じました」
「賢明ですね。今回は、1枚ずつ纏めてください」
「承知致しました」
とはいえ……このまま仮清書しても、字が変わるだけなのでは……と懸念が生じる。
「恐れ入ります。お伺いしてもよろしいでしょうか」
「何でしょう」
「これらは、このまま書き写せばよろしいのでしょうか」
「このまま……とは」
「場所以外の内容にあまり変化は見られませんので、書き方を統一したほうが、後々清書なさる方の手間が少しでも省けるかと……差し出がましいこととは存じますが……」
「ふむ……」
広房殿はお怒りもせず、報告書を見つめられる。
「では、1枚書いてみてください。走り書きで構いませんので」
「承知致しました」
見本がないのは、何かお考えあってのことだろうと考えつつ、比較的読みやすい1枚を取り、その横に新たな紙を置く。
筆に墨をつけ、頭の中で整理した情報を書き出していく。
(……一覧表にするとわかりやすいが……この時代にはないゆえ……)
羅列している元の文章を、余白を使いながら箇条書きに変えた。
あまりお待たせしてはいけないと急いで筆を走らせたので、本当に〝走り書き〟になってしまったが。
「お待たせ致しました」
「いえ。拝見します」
私が筆を置くと、広房殿は書いたばかりの紙を、墨がつかぬよう注意しながら片手に取られた。
手が大きいゆえにできることか、器用ゆえか……あらぬ方向に向かう私の思考をよそに、広房殿は真剣な目で行を追われる。
最後まで見終えると、小さく息を吐かれた。
「よく書けています」
「恐縮に存じます」
「あと2枚……いえ、もう少しできそうですね」
束から取り出した10枚が追加された。
「これらも、同じように書いてください。走り書きで結構です。読めない字は空白で構いませんので」
1枚目を選ぶ際わずかに躊躇したのを、広房殿は見逃さなかったようだ。
「私はあちらの席におりますので、書き終わりましたら、お持ちください」
「承知致しました」
深揖の礼にて承諾すると、広房殿はご自身の席へ向かわれた。その道中で、仕丁の方々に仕事を割り振られていく。
着席なさった時には、手には何も持っていらっしゃらなかった。
広房殿の机にも、他の方と同様、山のように積まれた書簡があるが、平然と処理なさっていく。
私は誠に無駄のない方だと感服し、心を新たにする。
お借りした机の端に重なる報告書を手にすると、一度すべてに素早く目を通し、読めそうな順に重ね直した。
それを上から1枚ずつ取り、〝なるべく早く丁寧に〟を心がけながら、先ほどのように新たな紙に書き連ねていった。
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