最終話 一ヶ月後のプロローグ。その先
――一連の事件から、一ヶ月が経過した。
改めて浦達の元で精密検査を受けたところ、永慈の身体は健康を取り戻していた。高校生化した姿はそのままだったが、もはや寿命を気にする必要はなくなった。むしろ以前よりも身体能力は大幅に向上していたという。
重政利羌の一族は、事件から間もなく日本から撤退した。
永慈の周りは、『表』も『裏』も平穏を取り戻したのである。
それは、一ヶ月前とは違う日常の始まりでもあった。
「さて。着いたぞ」
昴成が車を停める。礼を言い、永慈は後部座席から降りた。助手席からは穂乃羽が降りる。それからしばらく間があって、明依が後部座席から降りてきた。
「明依ちゃん」
穂乃羽が悪戯っぽく笑う。
「良かったですね。永慈さんと密着できて」
「なっ!? 何を言ってるのかな穂乃羽は!? 父娘なんだから別にフツーでしょフツー。べ、別に慌てる必要なんてこれっぽっちも……ねえお父さん!?」
「なんだ。永慈とは呼んでくれないのか」
「お父さん!?」
先日、後輩たちを連れてエリュシオンから戻ってきて以来、明依は
永慈と穂乃羽は顔を見合わせ、笑い合った。
――永慈は最近、これからの人生に思いを馳せる。
親としてだけでなく。
ひとりの男として、どう生きるか。
エリュシオンでの経験、そのときの何物にも代えがたい感覚は、永慈の中で確実に大きくなっていた。
永慈は思う。慧が父親から独立したように、自分もまた、子どもから独立しようとしているのではないかと。
「私はここで待っているから、行っておいで」
昴成が運転席で手を降る。
休日を利用して永慈たちが訪れたのは、かつて山隠神社エリュシオンがあった場所だった。
『灯台』の事後調査も終わり、今は誰も訪れることのない静かな場所である。
明依の手を引きながら、永慈たちは洞窟の最奥部に行く。そこにはただ岩の壁があるだけだ。
永慈が持っていた灯りを壁に向ける。
「よう。来たぞ。元気か?」
語りかけてしばらくして。
何もない壁面に、青白い輝きが走った。
『あんたらもヒマだな』
それは光のメッセージ――今も異世界エリュシオンで生き続ける慧からの手紙だった。
いかにもヤル気なさそうな文字列に真っ先に文句を返したのは穂乃羽だった。
「早く入口を開けなさい。衣食住。ちゃんとしているかどうかチェックしないと」
『大丈夫だって』
「どうかしら」
普段は使わない砕けた口調。事件後、穂乃羽もまた変わっていた。
痴話ゲンカにも似たやり取りをする慧と穂乃羽を、永慈たちは後ろから見つめている。
「ねえ。永慈君」
「ん?」
「家族って、いいよね。それと同じくらい、自分の道を見つけて進むのも、いいよね」
「ああ。そうだな」
「ねえ。永慈君」
「ん?」
「あのね。……ううん、何でもない」
「なんだよ」
「その、ね。一緒に、いてくれる?」
「当たり前だろ」
「それは……父親として? それとも……」
上目遣いに見上げてくる。
「一緒にいるさ」
永慈は、いつものように白い歯を見せて笑った。
「このオッサンに任せろ。ずっとな」
(了)
最期のターゲットは異世界にあり ~高校生になった39歳父、我が子へ遺す宝を探す~ 和成ソウイチ@書籍発売中 @wanari
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