第50話 幻影
――かつてより。
――今も。
――そしてこれからも。
人類の永遠の夢として
それらの研究には、世界中の様々な立場の人間が携わってきた。
国立施設のエリート研究員から、著名な大学教授、市井の趣味人まで。
マテリアルがもたらす莫大な力と富と夢は、あらゆる人間を惹き付ける。
その成果の中には、真に人道にもとる所業が確実に存在した。
今から十年以上前――。
浦達はその所業のひとつに携わっていた。
当時、エリュシオンに関わる業界は大混乱に陥っていた。世界各地で同時多発的に起こった超巨大腐界――これを『
このときの騒乱に乗じ、数々の貴重なマテリアルや知識、ノウハウが世界中に散逸した。
優秀だが無名の医学研究者に過ぎなかった浦達と彼の仲間たちは、奇跡的な偶然によりその一端を手に入れることに成功した。一説には記憶を司ると言われた、希少種モンスター『ネメルムオス』のマテリアルである。
幸運に酔った彼らは、仲間内で恐ろしい実験を試みる。
――マテリアルで完全な人間を創ろう――。
この実験はあっけなく失敗した。いくら物理法則を超越する力を持つと言っても、マテリアルを加工して出来上がるのは意志と思考を持たない器に過ぎなかったのだ。これでは金属で組み上げたロボットと変わらない。いや、一定期間後に腐界となって周囲を飲み込むことを考えれば、ロボットよりもはるかに危険な存在と言えた。
しかし。
この数年後、事態は思わぬ展開を見せた。
ある日、密かに保管していたネメルムオスのマテリアルがついに保存期間を超え、腐界化した。それに浦達の仲間だった研究者夫妻が巻き込まれ、命を落としてしまった。
その場には浦達らと、研究者夫妻の一人娘でまだ当時四歳だった少女がいた。
死の靄をただ眺めるしかない中、一人娘はおもむろに手を合わせた。浦達は、その少女を不憫だと思った。なにせ両親は我が子よりも研究を優先するような人物であったから、少女は
少女は。
茫洋とした瞳のまま、手を合わせてこう言ったのだ。
『お父さんとお母さんがやさしい人にうまれかわりますように』
浦達が予想していなかった事態が起こったのはこの直後だった。
腐界化していたはずのマテリアルが
光が収まった後、腐界があった場所に二人の男女が倒れていた。
男性の方は筋骨隆々で逞しく。
女性の方は視線が釘付けになるほど美しい。
浦達らも初めて見る人間。
その彼らに少女が近づき――。
『お父さん。お母さん』
抱きついた。
その瞬間、浦達たちは悟った。雷に打たれたような衝撃とともに悟った。
今、このとき。
マテリアルの力によって。
幼気な少女がおそらく夢見たのであろう、理想の両親の姿となって。
人間が、無から創り出されたのだと。
――医療センターの病室。
浦達の言葉のひとつひとつが、しんとした室内に溶けていく。
永慈の耳は
浦達医師の瞳は、永慈と明依を捉えて離さない。
「あれは魔術だったのか、それともまったく別の未知なる力だったのか。それは今もってわかりません。ただ明らかなのは、そうして生まれた彼らは確かに人間と同じ身体と機能と知性を備えていて、人間と同じように生きることができたという点です。今、このときも、それは証明され続けています」
明依が唾を飲み込み、ごくりと喉を鳴らした。
「新しく生まれた『両親』には、彼女の本当の両親の戸籍情報を持たせました。文字通り生まれ変わったのです。彼らの氏は、三阪」
「……待って」
「それからの三阪家は、まさに理想の家族の体現者でした。やがて妻は新たな子を宿しました。私たちは八方手を付くし、彼らの出産の担当者となった。そして、無事男児を出産したことを見届けた後、彼らから完全に手を引くことに決めたのです。二度と私たちのことを思い出さないように、記憶に封印の魔術を施して」
「待って下さい。先生」
「しかし、残念ながらその誓いは私たち自身で破ることになってしまった。三阪家の希少性に惹かれ、仲間のひとりが密かに接触を図ったのです。その過程で、三阪家のひとりが真実を知った。自分の両親がマテリアルから生まれた、人ならぬ身であったことを。多感な時期です。彼は、自分の中に流れる血に疑問を持ってしまいました。そして、どうしようもなく嫌悪した。自分という存在を。自分を生み出した両親の存在を。だから、全てをリセットして生まれ変わりたいと願ったのでしょう」
「先生!」
腹の底からの大声で叫んだのは、明依だった。
「嘘だと言ってください! そんなの、ただのデタラメだと言ってください!」
「嘘は
浦達は揺るがない。
「三阪永慈さん。三阪明依さん。あなたたちは実の親子ではない。明依さんがネメルムオスの力を借りて生み出した、明依さんが理想とする父親の幻影――それが永慈さんなのです。そして、幻影としての永慈さんは今まさに壊れようとしている。記憶の混乱はそれが原因のはず。このままでは、永慈さんは寿命を全うする前に存在が消えてしまうでしょう」
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