第17話 中庭にて

 人が人を呼び、後ろを付いてくる生徒の数は膨らみ続けた。背後から巨大な邪念の塊が迫ってくるようで、永慈は落ち着かない。社会人のときとは違うプレッシャーだった。

「なあ二人とも」

 美少女二人が両脇から見上げてくる。

「少し離れた方がよくないか? さすがに周りの目が……」

「あら。堂々とされている永慈さんにしては珍しいですね」

 くすりと、左隣の穂乃羽ほのはが笑う。やおら背伸びをして、小声で耳打ちしてきた。


わたくしだってとクラスメイトになれて嬉しかったのですよ。せっかくだからお話したいじゃないですか」


 これを見た明依がすぐに身を乗り出してきた。

「穂乃羽。近い」

「ごめんなさい。けど、こんな状況だからこそ良い思い出を作りたいと思うんです。明依ちゃんだってそうでしょう?」

「それ聞くのズルい」

 明依がむくれる。穂乃羽は自然体だった。この視線の中、笑っていられるのはさすが芯が強い。ついでに言うと、永慈の腕を引っ張る力もなかなか強力だった。


 永久ながひさ穂乃羽。昴成の一人娘で、明依の幼馴染みかつ親友の少女である。もちろん永慈とも付き合いは長い。永慈が転入してきた経緯を知る数少ない人間だ。

 それにしても。

「永慈さん? なにか?」

 きょとんとする穂乃羽に首を横に振って応える。

 常に礼儀正しく敬語なのは知っていたが、まさか学校でもこの口調だとは思わなかった。

 公私ともに世話になっている親友の娘さんを無下に扱うわけにはいかないか――永慈は諦めてなすがままに引っ張られた。背後のプレッシャーは、大人の鈍感力で無視することにした。 


 綺麗に清掃され、手入れも行き届いている中庭に出て、空いているベンチに三人並んで腰掛ける。自然と永慈を真ん中に、明依たち二人が彼を挟む形になった。

 両サイドからの柔らかな感触と華やかな匂いに、永慈は天を仰いだ。


 ちょっと前まで公園できゃっきゃと遊んでいた少女たちがすっかり年頃の娘になって――と父親としての感慨にふける。


「すごい人気だな。お前たち」

 永慈は機嫌良く話しかけた。

「生徒たちの羨望と嫉妬の視線がすごかったぞ」

「それはおと――永慈君がやらかしたからでしょ。私、聞いててめっちゃ恥ずかしかったんだから」

 名前呼びにすることに慣れていないためか、少し顔が赤い。

「なによ人面魚って。ワケわかんない。超恥ずかしい」

「あら。古き良きレトロゲーの傑作ではないですか。おじさまのお顔とベストマッチでしたわ。私、笑いをこらえるのに必死でした。今でも思い出すと……ふふ」

 穂乃羽は口元で手を覆った。これが本気でツボにはまったときの仕草だと永慈は知っている。


 それはともかく、と明依が話題を変えた。

「今回は永慈君が目立ちすぎ。それと人気なのは私じゃなくて穂乃羽だからね。前も話したことあるでしょ。校内にファンクラブがあるんだよ、この子」

「それは明依ちゃんも同じですよ。ちっちゃくて、でも魅惑的なスタイルで。私から見ても可愛らしいですもの、明依ちゃんは。永慈さん、ご存知ですか? 明依ちゃん、校内では『至誠高のおかん衛生兵』って呼ばれているのですよ」

「ちょっ……!?」

 なんで言うの、と親友を詰問する明依。穂乃羽はどこ吹く風で続ける。

「絆創膏を常備してて、何かあったらすぐに応急処置。慧君と並ぶと妹に見られて嫌だからと、いつも威厳を出すためにむつかしい顔をしているけれど、本当は心配性で世話好き。皆さんにあまねく知れ渡った美点です。結果、付いたあだ名が『至誠高のおかん衛生兵』。きっと、永慈おじさまの影響ですね。そういうところも可愛いと私、思っているのです」

「あああ……」

 頭を抱えてうずくまる明依。


 永慈は、なぜだか無性に嬉しくなった。明依の艶やかな髪を撫でる。顔を上げた明依に慈愛の微笑みを向けた後――意地の悪い笑みに変えた。明依の頭を今度はぐしゃぐしゃと少々乱暴に撫でる。

 髪がボサボサになって半泣きになった明依の前で、今度は声を大にして笑った。爽快な気分だった。明依の新しい顔が見れて、しかもそれが自分の影響だと言われて、嬉しくない父親はいない。

「頑張らないとな」

 穂乃羽と一緒に明依の髪を整えてやりながら、思わずこぼした。


 最初は抗議の視線を向けていた明依も、諦めたように肩の力を抜いた。

「はいお弁当。早く食べよ」

「ありがたくいただくであります。衛生兵殿」

「味わって食べなさい。まったく」

ねるなって。からかって悪かった。ところで――」

 一度箸を置き、永慈は表情を引き締めた。

「あいつは……慧はちゃんと元気でやってるか?」


 

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