第34話 役立ってみせろ

「ちょっと。紫姫さん」

 手招きする。隣に座った佳人に声を潜めた。

「あの子、冬樹音ちゃん。十歳ってマジか? じゃない、マジですか?」

「ええ。ウチの正式なメンバーですよ。優秀なオペレーターです。ただまあ、見ての通り引っ込み思案で人見知りなのが玉にきずですけど。仕事はきっちりしてくれますから、安心してくださいな」

「そういうことを心配してるんじゃなくてだな」

 モニターに向かう女性――もとい、小学生の少女に眉を下げる。


「親御さんとか、労基法とか、色々とガチな問題があるでしょう。もう辞めたとはいえ、元公務員の子持ちとして看過できないんだが……」

「軽蔑しますか?」

 直接的な問いかけに永慈は口を閉ざした。こちらを見つめる紫姫の瞳はわずかに揺れている。自分たちのやっていることに対する自信と、永慈に疑問を持たれることへの不安が混ざっている。


 永慈は頭を掻いた。

「申し訳ない。何も知らないのに余計なことを言ったかもしれない」

「あなたもミツルギの一員。あの子のことも、おいおい知って欲しい」

「気をつけます。ところで、その『ミツルギ』ってのは」

「はい。私たち組織の名称です」

 日ノ本を陰より守り支える剣、そうした願いを込めているのだと紫姫は語った。


「『ノノウ』、『ゴノエ』より通信。映像、開きます」

 冬樹音が告げる。自己紹介の時のおどおどした様子はなく、しっかりとした口調だった。いつの間に取り出したのか、サンバイザーで前髪をかき上げていた。露わになった横顔は小学生らしくあどけない。が、目つきは仕事人のそれだった。


 紫姫の正面のモニターが灯り、二人の男女が映し出される。褐色の肌に紫の髪、そして薄らと輝く肌。いずれも亜人だ。

 亜人女性が口を開く。

「こちら『ゴノエ』。現場に到着しました。今のところ周囲に異常はありません、『ハノイ』様」

「ご苦労様。それからトトリ、いつも言っているけどコードネームに『様』を付けたら意味がないでしょ」

「も、申し訳ありません。つい」

「まあ今は大丈夫だから。普通に行きましょ。トトリ、それからシタハル。二人ともごめんなさいね。少し歩いたでしょう?」

「問題ない。職場からすぐそこだ」

 答えたのは亜人男性の方だ。永慈は眉間に皺を寄せる。いっぺんにいくつも名前が出てきて混乱したのだ。紫姫が補足する。

「永さん、紹介するわね。ミツルギのメンバーで、女性の方がトトリ。男性の方がシタハルです。『ノノウ』『ゴノエ』は彼らのコードネームよ。ちなみに私が『ハノイ』ね」


「紫姫様。その男が例の新参者ですか」

 亜人女性――トトリが不躾ぶしつけに尋ねた。画面越しでも口調と視線の冷たさが伝わってくる。永慈は立ち上がって自己紹介した。

「三阪永慈です。この度ミツルギに――」

「貴方がメンバーだとは認めていない」

 にべもなかった。歓迎されていないことを肌で感じる。


「紫姫様。どうしてこんな得体の知れない男を乗せたのです。剣のひとつも握ったことのない、エリュシオン探索の素人でしょう」

「それを言ったら冬樹音も素人になってしまうわよ。トトリ」

「この子は私たちの義妹で、家族なのだから何の問題もありません。しかし、その男は部外者です。私は承諾いたしかねます」

 紫姫は小さく肩をすくめた。

「この話はトトリも了承してくれてたと思ったけれど」

「確かに彼を日中の協力者とすることについてはそう答えました。けれど、エリュシオンとなると話は別です。文字通り生死にかかわりますわ。エリュシオンに連れて行くわけにはいきません。留守居――いえ、冬樹音と二人きりなど言語道断ですから、今すぐ降ろすべきです」

「参ったわね。私のお願いでも、駄目?」

 途端に渋面を浮かべるトトリ。葛藤するほど紫姫を慕っているのがよくわかる。


 紫姫は、嫌がる部下に無理強いするつもりはないようで、代わりにこう提案した。

「どうかしら。彼が役立つかどうか、これから二人にチェックしてもらうというのは」

「チェック、ですか」

「ええ。すでに伝えてあるけれど、彼はエリュシオンやマテリアルに関わった仕事をしてきた。この車だって、永さんがいなければ調達できなかったはずよ。一方で、私もまだ永さんの実力を測りかねているところがある。我がミツルギに必要な人材かどうか、あなたたちの目で確かめてみて欲しい。どうかしら」

「いいんじゃないか、それで」

 亜人男性――シタハルが素っ気なくうなずいた。「お前まで」と戸惑うトトリに彼は重ねる。

「役立たずなら降ろせばいい。どうせ一年後には死ぬ男だ」

「シタハル」

「事実だ」

 シタハルの目が永慈に向けられる。

「せいぜい役立ってみせろ」

「……わかりました。あなたたちに認められるよう、全力を尽くします」

 鼻息をひとつ漏らし、映像は消えた。

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