第37話 やってきた男たち
樹々の間から街の灯りが見える。ここは、地元民からすれば毎日のように目にする、取り立てて特徴のない山だ。
だが。
そのことと山登りのしやすさははっきり別問題であった。
永慈たちミツルギの一行は、そんな悪路を開拓しながら山中を進んでいた。
幸い、夜間で視界が効かないリスクについては、紫姫の魔術が解消してくれた。彼女が施した結界の中にいる限り、周囲の闇は薄暮程度に抑えられる。魔術行使に集中する彼女のため、パーティの先導と周囲警戒は亜人たちの役目となっていた。
期待されていない――その雰囲気は肌で十分に感じていたので、永慈は最後尾からミツルギメンバーの行動を逐一観察し続けた。同時に、はぐれないように神経を尖らせる。『老化』した身体が、あちこち悲鳴を上げ始めていた。
(これからは騙し騙し身体を動かす方法も覚えないとな)
ふと、先頭を歩くシタハルが立ち止まった。身を隠すよう手振りで示す。
草の陰からのぞくと、前方に窪地が見えた。小さな谷の一部が崩落してできた起伏の激しい地形である。永慈たちが立つ場所からは直線距離で約十メートル先、高度差は四メートルほど下になるだろうか。
そこにラフな格好をした男たちがたむろしていた。見える限り、人数は六人。
皆、暗視ゴーグルと思われる機器を装着している。
それだけでも十分怪しいが、彼らの少し猫背ぎみな姿勢から匂い立つように不穏なオーラが漂っている。ヤバい奴は立ち居振る舞いからヤバいことを、永慈は経験的に知っていた。疲労を訴えて荒くなった呼吸を努めて鎮める。悟られてはいけない。
男たちは談笑しているようだった。
しばらくして、彼らの視線が
新たに二人――いや、三人か――窪地に姿を現した。三人のうち一人は何故か、荷袋のように肩に抱えられている。
「これはどういうことだ」
麓からやってきた一人が口を開いた。よく通る男声であった。
永慈は、背中に氷塊混じりの水をぶちまけられたような錯覚を抱いた。氷塊は背中の神経を
口を開いた男もまた暗視ゴーグルをかけていて、表情はよくわからない。だが。
全身鎧に包まれていても我が子を見抜いた感覚は、永慈に認めがたい事実を確信させる。
(慧ッ……! なぜ、お前が……!)
窪地で待っていた男が、大げさに肩をすくめた。
「どういうこと、とは?」
「
慧が苛立ちと怒りを込めて詰問している。
息子が指差す先は、荷袋同然に抱えられていた男――。
横顔がちらりと、見えた。
永慈の背を冷やす氷塊は、いまや刃先の零れたナイフとなった。切れ味が悪いゆえの、抉るような痛み。
無意識に立ち上がろうとしたところを、紫姫が素早く制する。永慈はぎりぎりのところで物音を立てずに済んだ。
肩に抱えられた男。あれは後ろ手をロープで縛られた親友――昴成であった。
リーダーと思しき男が口を開く。
「ずいぶんと大事にされてるようだなあ、慧クンよ。わざわざお前を追いかけてきてくれたんだから。あれかい。お前の親父かい?」
「偶然見つかっただけだ。関係ないって言ってるだろ」
答えをはぐらかす男に対し、慧も間違いを正さなかった。
「帰してやれよ。あんたらも、本家と揉めたくないだろうが」
慧が挑発的に告げる。
しばらく彼らは視線を交錯させた。
先に視線を外したのは怪しい男の方だった。
「……まあいいや。とにかくお前は客分だが、エリュシオンに入るからには協力してもらう。さもなきゃ、お前の大事な知り合いがどうなるかわからんぜ?」
「俺は俺の好きにして良いと聞いている」
「おかしいな。日本じゃ『集団行動』とやらがもてはやされてるって聞いたが。俺の気のせいかね?」
男は腰からナイフを取り出すと、これ見よがしに
「手伝ってくれるよな?」
下から突き上げるような粘っこい台詞に対し、慧は舌打ちで応えた。声を低くする。
「何を狩ればいい」
「そうこなくては。希少種級、と大きく出たいところだが、ま、今回はあくまでさわりの調査だ。珍しい触媒素材持ちがいればオーケーさ。なにせ、まだ誰も荒らしていない真っ新なエリュシオンだからな。どんな金づるがあるか今から楽しみだ。はっはっは」
「本当に希少種が来たらどうする」
笑声が止まる。次いで男は鼻で笑った。
「そんときゃお前の任せるよ。じゃあ行くぞ」
男が手を叩く。暗視ゴーグルの男たちはぞろぞろと斜面の方に歩いて行く。どうやら永慈がいる場所から死角になったところに洞窟があるらしい。
昴成を抱えた男が続き、そして慧も洞窟の奥に姿を消す。見張りらしき男がひとり残り、辺りを見回してから、ポケットから何かを取り出した。やがて洞窟周辺に淡い靄がかかり、すぐに消える。
それを見たトトリが素早く移動し、洞窟の様子を確認して戻ってくる。彼女は報告した。
「魔術で結界が張られています。おそらくランク4以上。無理に破れば中の奴らに気付かれるでしょう」
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