第36話 差し伸べられる手
紫姫たちのブリーフィングが終わった。永慈は、トレーラーに戻るシタハルを捕まえた。
「手伝います。何かできることはありませんか。荷物運びでも、何でもします」
シタハルは目を細めた。クールな表情の端に、わずかばかりの戸惑いが浮かぶ。
「……俺は、そういう指示は苦手だ」
「何をしているのです」
横からトトリの冷たい声が刺さった。
「余所者は邪魔をしないでください」
視線も合わせてくれない。彼女は相方のシタハルを促し、さっさとトレーラーから荷物を運び出そうとする。永慈は食い下がった。
「お役に立つために現場に居たいのです。お願いします。連れて行ってください」
「シタハル。そっちの『ブレスエッジ』と『ボルボレイ』を。あなたは『鋼』? それとも『ガイラル』?」
「いや、今回は『タイラント』で行く。でかい装備は目立つ。それに何があるかわからん。臨機応変に対応できる獲物の方がいい」
手慣れた様子で互いの装備を選別していく二人。トレーラー内の一角に据えられたボックスから、厳重に封をされたケースをいくつか取り出す。ひとつひとつにデジタル表示部があり、年月日が記載されていた。
マテリアルを収納する専用ケースだ。
年月日は保存期間。これを厳守することは腐界化を防ぐ最も確実な方法である。
ケースから取り出されたのは、前時代的な『短剣』や『仕込み盾』であった。トトリたちはそれらを運搬のためのリュックに詰め替える。
準備を続ける彼らに、冬樹音が申し訳なさそうに言う。
「ごめん、トトリちゃん。シタハルちゃん。まだ宝珠化の解析が済んでないの」
「気にしなくていいのですよ冬樹音。私たちはこれでも大丈夫ですから」
永慈に対する態度とは打って変わって、優しく穏やかに声をかけるトトリ。黙々と作業を続けるシタハルの背中も、「気にするな」と言わんばかりである。
永慈は彼らの作業をじっと眺めた。
まるで家族みたいだ、と思った。
ならば、なおのこと引き下がるわけにはいかない。彼らの役に立つ人間にならなければいけない。役に立ちたい。
声をかけてもらえないのなら、こちらから動く。教えてもらえないのなら、学び取る。
旦那、と小声で声をかけられ振り返る。トレーラーの陰に半身を隠しながら、結太が手招きをしていた。
二人で運転席へ向かう。結太は収納棚を探り、目当ての物を見つけると永慈に差し出した。
「こ、これを」
シンプルなチェーンタイプのネックレスだ。ペンダントとしてシルバーのスティックが付いている。よく見ると、スティックの表面は淡い碧に反射していた。
「オ、オレが個人的に持ってる、とと、とっておきの宝珠でさ」
「宝珠? そういえばさっき七森さんも言ってたな」
「ほ宝珠化は、まだ一般にはでで出回っていない、最先端の素材保管法。ここ、このペンダントの中に旦那用にしつらえた防具一式がが、入ってまさ。どうか持ってってくだせえ」
瞠目する永慈に、結太は少し照れつつ「オレは旦那の味方ですから」と言った。
「けけど、注意してください。宝珠化の解除には、まま、魔術の力が必要です。実際に防具として身につけるときは、弓井の
「わかった。話してみる。ありがとう、結太さん」
「旦那、おおお気を付けて」
そう言って結太は運転席に乗り込んだ。感謝の気持ちを込めてペンダントを握りしめる。
「永さん」
紫姫に呼ばれ振り返る。彼女と目が合った瞬間、様々な感情を読み取ることができた。
これから危険な仕事に向かう者の緊張感。
仲間の手前、永慈に過度な肩入れができないことへの詫びの気持ち。
永慈を連れて行くことへの不安と気遣い。
普段冷静な彼女が見せてくれた『揺れ』に、永慈は感謝した。だからいつものように白い歯を見せて、よく通る声で、力強くうなずいた。
「大丈夫だ」
――なぜか顔を背けられた。
首を傾げる永慈の前で、紫姫は黒髪の端をいじる。
「紫姫さん?」
「なんでもありません。これからトレーラーに『迷彩』の魔術をかけます。それが終わり次第出発です。目的地はここから北西に二百メートルほど。山中を歩きますので、心しておいてください」
「わかりました」
「それと」
咳払いをひとつ。改めて向き直った紫姫は永慈が手にするペンダントを指差した。
「協力なら、私も惜しみませんから」
どこか対抗するような物言いに、永慈は思わず苦微笑を浮かべた。
「ありがとう」
――その後、紫姫の手によりトレーラーにカモフラージュが施される。
「螺鈿の面に触れる手よ。枝分け染みる虹と為れ」
彼女が手にした折りたたみ式の杖から魔術の光が走り、トレーラーを周囲の背景と溶け込ませた。これで肉眼では闇に沈む樹々とほとんど区別がつかなくなる。
冬樹音との通信はインカム経由で行うが、それもエリュシオンに入るまでのこと。
あとは現場に立つ四人の仕事だ。
「行きましょう」
紫姫の静かな号令のもと、一行は草木をかき分け山中を歩き出した。
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