第12話 魔術師の提案
永慈は改めて、居間で紫姫と向かい合った。不承不承といった様子ながら、明依は客人用の茶を出し、永慈の隣に座る。
「今回のことを最初に知ったのは、知り合いの運送業者から。親切なお役人さんに助けられた、と彼は言っていたわ。そのときに相手の人となりを聞いてピンと来た。ああ、これは永さんのことだと」
「あのときの。よかった。無事だったのか」
「会いたがっていたわ。逃げてしまったことを後悔している様子だった」
紫姫の表情は晴れやかとは言えない。
彼女はハンドバッグから半透明な立方体の容器を取り出した。一辺五センチほど。女性の掌に収まるサイズだ。立方体の中心に、中空となった白い骨が浮かんでいる。
紫姫は容器に手をかざすと、静かに口ずさんだ。
「
呪文だ、と永慈は気付いた。
立方体――正確にはその内に収められた白い骨から、薄い空色の
見覚えがある。つい先日まで、永慈が入院していた部屋だ。
「これって、魔術」
明依がつぶやいた。
マテリアルが人類にもたらした力のひとつ――それが魔術だ。
特殊な呪文を唱えることで、マテリアルを媒介に様々な現象を発現させる、人類にとって超常の技術。
ただ制約は厳しく、使用には術者自身の高い適性とスキルが必要となる。
「『ボルドゥスの鼻骨』。ランク4のマテリアルよ。魔術に使うと『遠見』の効果を得られるの。これで永さんを追跡した。今日まで、ずっと」
「ずっと……か」
「まんまストーカーじゃないですか」
明依がかばうように永慈の腕を抱き、紫姫を睨む。
「立派な犯罪行為ですよ。先生」
「そうね。バレたらクビよね。けど、これが私のもうひとつの顔なの」
魔術を消し、紫姫は永慈の目を正面から見た。
「永さん。私は裏社会の活動に手を染めている。あなたの状況も辛さも、法と常識からほど遠いやり方で知った。そのことを理解してもらった上で提案です。私たちの活動に参加する気はありませんか」
「なっ……!?」
明依が膝立ちになる。
「うちの父に、犯罪者になれって言うんですか。先生!?」
「そうよ。永さんが望むモノを手に入れるために」
明依が永慈を見る。腕組みをしたまま、永慈はじっと紫姫を見ていた。
紫姫のたおやかな手が再びハンドバッグに潜り込む。一冊の通帳が出てきた。永慈たちに見えるように広げる。そこに印字された金額に明依が息を呑んだ。
「これは私たちが手に入れた報酬のごく一部。やりようによってはもっと稼げる」
「こんな……絶対普通じゃないよ! 一体、何をしたら」
「表に出ない自警団ってところかしら。マテリアル絡みの事件は、上手くすれば信じられないほどの稼ぎが得られるわ。これはね、合法でも非合法でも同じ。ただ、私たちのような裏社会の人間の方が、稼ぎを得られるチャンスが多い」
「もういいです。お父さん、帰ってもらおう。この話は聞かなかったことにするから」
明依が袖を引く。
永慈は腕組みを解かない。
「二つ、教えてくれないか。紫姫さん」
「お父さん!?」
「なぜ、明依がいるこの場で話した? 事情を知った上で俺を仲間に引き込みたいなら、二人きりでこっそり話をした方が得策だったはずだ。明依が聞けば必ず反対するとわかってて、なぜ今、話した」
紫姫はボルドゥスの鼻骨が入ったキューブを指先でなぞった。
「最初は永さんだけに伝えるつもりだった。けど、気が変わった。明依さんに寿命のことを土下座して告白するあなたを見て、ね」
「やっぱりそこも見られてたか」
「ええ。とても永さんらしいと思った。だからこれ以上、大事な家族に秘密を抱える真似をさせたくなかった。あとは……私のプライドね」
「プライド?」
「私は確かに非合法な真似をして稼いでいる。だけど、この国の人々と将来に害を為したことはないと自負している。たとえ非難されても後ろめたさを感じるようなことはしていないんだと、あなたに示したかった。まあ……この有様だと説得力に欠けるかもだけど」
紫姫は両手を掲げた。ぶるぶると震え、手汗が浮かんでいる。
「こう見えて臆病なの私。断られたらどうしようって内心ビクビク。だからこそ永さんにサポートしてもらいたいっていうのも、理由のひとつ。一つ目の質問がこんな答えで良ければ、二つ目の質問を聞かせてください」
「いや、いい。さっきの話で質問をする手間が省けた。君がどういう想いで裏社会に関わっているのか、それを聞きたかったんだ」
「いいの永さん? 私が言うのもアレだけど、何をやらされるかわかったものじゃなくてよ」
「俺にとって一番大切な根っこのところは聞けたんだ。後のことは困ってから考える。吟味する時間も今は惜しい」
「それじゃあ」
「ああ」
永慈は深く頭を下げた。
「その話、乗らせてくれ」
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