第15話 助け、助けられ
――
紫姫の誘いに乗り至誠館中央へ通う決意をしてから、諸々の準備や手続きであっという間に時間が過ぎてしまった。
残された一年のうち貴重な七日間を消費したことになるが、永慈に後悔はない。むしろたった七日間でよく転入まで持ち込めたものだと思っているほどだ。
仕事は退職した。公務員という立場上、退職できるタイミングは限られていると思っていたが、事情が事情だけに上も人事も認めてくれたらしい。これには昴成の助力も大きかった。人手が厳しい中、自分の我が
高校への手続きは紫姫が行ってくれた。元々、繋がりのある人間をサポート役として転入(彼女は潜入と言っていた)させるつもりだったらしく、すんなりと学籍を得ることができた。
転入試験もなく、入学金も不要で、制服等もすべて支給。つまりは、そういう組織の一員に自分がなったということだった。
後悔はない。
助けてくれた人たちのためにも、自分は精一杯生き抜き、稼ぎ抜くだけだと永慈は腹を決めた。
「それにしても、最近の制服は洒落てるなあ」
車のサイドミラーでネクタイの位置を整えながら、永慈は年寄りじみたことをつぶやいた。至誠館中央の制服は
子どもたち二人も至誠館中央。見慣れている制服ではある。だがいざ自分が着ると妙に新鮮だった。
これから自分は我が子の同級生として学校に通うのだ。
「に、似合ってますよ。旦那」
どもりながら機嫌の良さそうな声で、運転席の男が褒めた。
山穏神社で永慈が助けた、あの男である。
彼の名は
決意したのは一にも二にも、永慈の存在があったからだという。
「ど、どっから見ても、りり立派な高校生だ」
「そうかい? ふふん、じゃあ自信持っちまおうかな」
白い歯を見せて笑う仕草は、三十九歳の身体のときと変わらない。
「それにしても、結太さんがこんな凄い車の持ち主だったとは思わなかったよ」
「自慢の相棒でさ」
永慈たちが乗っているのはキャンピングトレーラーを改造した車両である。年季の入った外観で、あちこちくすんだり傷が付いたりしている。
最初は「旅行が趣味なのか」と思っていた永慈だが、内部を見せてもらって仰天した。まるで研究所の一室のような最新鋭機材が整然と並べられていたのだ。
結太の職業は『指定特殊素材運搬業者』。国家資格にもなっている『マテリアルの運び屋』である。この車にはマテリアルの保管、運搬に必要な機材器具一式――しかも一般人はまずお目にかかれない専門道具が揃っているのだ。
彼の頭の中には、これまでに世界で発見されたあらゆるマテリアルの情報が詰め込まれている。まさにマテリアルのプロだ。だがコミュニケーション能力に大きな不安があり、これまで組織の中では技術、知識を活かすことができなかったという。
今日だって、特に永慈が頼んだわけでもないのに自慢の車両でタクシー役を買って出て、道中は道中で、聞いてもないのにマテリアルの
力があるのに発揮できない。認めてもらえない。
山穏神社で出逢ったときの結太は、その現実に打ちのめされていたのだ。
「旦那」
「ん?」
「オレは、ああんたに逢えて良かったと、お、思ってる。どんなときでも、お俺はあんたの味方だ。た頼ってくれ。どこでも、この車でか駆け付ける」
「ありがとう。やっぱ結太さんは胸張っていい男だよ。本心を本心のまま言葉にできる奴って、そう多くないと思うぜ。大人じゃ特にさ。だから自信持ってくれ」
「あ、あんたも凄え人だ」
至誠館中央高校が見えてきた。
校門前に横付けし、エンジンを止める。巨大な車体に似合わず、静かに息を吐くような停止音。盛大に咳き込む音がするオンボロ車とは、やはり造りが根本的に違うらしい。
永慈は気合いを入れるため頬をはたく。真剣な表情で持ちかけた。
「結太さん。さっそくだが訊きたいことがある」
「へえ」
ごそごそと、髪を撫でつけ表情を作る。
「コレわかる? ……『人面魚』!」
「人面魚……」
「……」
「あ……あの伝説のゲーム! おおおーっ旦那、な懐かしい! にに、似てる!」
「だろ!? 飲み会で結構ウケてたんだよ。うおっし、イケるイケる!」
鼻息も荒く助手席を降りる。
「転校で最も重要なこと。それは一発目の挨拶だ! 待ってろよ明依。父さんばっちり決めてやるからな」
結太とグータッチを交わし、永慈は
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