第26話 待ち合わせでの焦り
――エリュシオンで活動できる時間は短い。
あくまでレンタル品でしかない装備のECEでは、日帰りが基本だ。
その限られた活動時間の中で自分の役目を果たすにはどうすればよいか、永慈は考えていた。
そしてひとつの結論に至った。
「新良貴先輩、すみません。ちょっといいですか」
そろそろ撤収という空気になったところで、永慈は静希を呼び止めた。
「自分も先輩のように管理監督の仕事がしてみたいんです。先輩から推薦して頂けませんか」
「ほお。つまり裏方に回りたいと。華々しいモンスター討伐隊ではなく」
「はい」
永慈はうなずいた。ちらりと静希が持つ帳簿を見る。
(裏方ならば、ECE内のモノや金の動きが把握できるはず)
自分のできることを探す。人脈を頼る。
社会人の鉄則だ。
永慈の内心を知ってか知らずか、静希は満足気にうなずいた。
「実はな、俺もお前を実務方に配属した方がよいと考えていたんだ。お前には知識がある。おそらく経験もあるのだろう。貴重な人材だ。よし、任せておけ。顧問には俺から話をしておこう」
「ありがとうございます」
永慈は頭を下げながら、昴成も高校生の頃はこんな感じだったんだろうな、と思った。
そういえば、自分の高校時代はどうだっただろう――。
静希が紙束を叩く。
「ところで三阪。さっき衛生兵殿とお嬢から伝言を授かった」
明依と穂乃羽のことだ。
「『サルディリガの肋骨のたもとの納屋裏で待つ。ノック三回』……だそうだ」
集落を振り返る。広い敷地の中には、様々なモンスターの骨を使って
サルディリガの骨がどんなものか、知識としてはわかる。
静希が眼鏡の縁をきらりと光らせる。
「このことは他言していないが、楽しむのもほどほどにしろよ。お前には常友のような男にはなって欲しくないのでな」
「そんなんじゃないですよ」
本心から言う。そして彼女らの心情を推し量った。
エリュシオンに来てから、明依と穂乃羽とは別行動だった。それも仕方のないことだ。彼女らは学内でファンクラブがあるほどの人気者。常にもみくちゃになっているのを見ている。
だがあの二人は――特に娘の明依は、それでは我慢できなかったのだろう。
(あれで寂しがり屋だから、きっと家族水入らずで会いたくなったんだな。で、それをフォローしたのは穂乃羽ちゃん、と)
永慈は苦笑した。
(まったく。親離れ具合が姉弟でこうも違うとは)
その表情をどう捉えたのか、静希が肩を叩き意味ありげに口の端を上げた。
「お前なら間違いは起こさないだろう。あと三十分ほどで点呼だ。それまでには戻れよ」
「ありがとうございます」
「今日の働きの報酬だと思えばいい。俺もそのつもりで見逃してる」
小さく笑う静希に、永慈は再度頭を下げた。
撤収準備を始めている部員たちの横を通り、目的の納屋を探す。やがて集落の外れにそれを見つけた。
途中、現地の亜人女性とすれ違った。光の肌が生き生きと輝く彼女は、納屋に向かって歩く永慈を振り返ってくすりと笑った。
「頑張ってね、男の子」
永慈は天を仰いだ。きっとあの亜人女性には「待ち合わせです」とか告げたのだろう。すっかりデートか何かと思われている。
待ち合わせ。デート。
高校生男女にとっては魅力的な言葉なのだろうが、相手は図体だけ若いおっさんだ。父親だ。それでも期待し望んでいるのであろう娘の将来が心配になる。
「あいつ、ちゃんと男と付き合えるのかねえ」
ふと、想像してみた。自宅に明依が「私たち付き合ってるの」と男を連れてきたときの絵。やっぱりぶん殴るだろうか。それともじっくり話をしてみるだろうか。
そこまで考えたとき、永慈の表情に影が差した。
(おそらく、どちらも俺にはできないだろう)
納屋の裏に着く。巨大な肋骨がアーチ状にかかり、その上に小屋が建てられている。
仕切り板に取り付けられた扉をノックする。指示通り三回目のノックをすると同時に扉が開いたので、危うく鼻を打ちそうになった。
少し慌てた様子の穂乃羽が出迎えた。
「おじさま。ああ良かった。来てくださった」
「どうした。明依に何かあったのか」
普段落ち着いている彼女にしては珍しい態度だったので、永慈は緊急事態かと表情を険しくする。穂乃羽は両手を振った。
「いえ、違うのです。そうではありません」
「それならいいが。で、明依は?」
見る限り、ここにいるのは穂乃羽だけだった。納屋裏は森に隣接していて、人ひとりが通れるような道が奥に続いている。
「明依ちゃんは、この森を少し入ったところで待ってます。とても綺麗な泉があるのですよ。現地の亜人さんしか訪れない穴場なんです。今回、知人の方に無理を言って、デートの場所にさせていただいたのです」
「やっぱりか。すまないな穂乃羽ちゃん。手間をかけさせてしまったみたいで」
謝るが、返事がない。穂乃羽は森の方を見ている。
「穂乃羽ちゃん?」
「え? あ、いえ。すみません。ぼうっとしてて」
咳払い。
「おじさまもよくわかっていらっしゃるので強くは言いませんが、明依ちゃん、すごく寂しがっていたのですよ。早く行ってあげてくださいな」
永慈はうなずいた。時間が限られていることもあり、待ち合わせ場所に向けて足早に歩き出す。
「あの」
呼び止められた。穂乃羽は何かを伝えようとして言葉を探している様子だった。顔には再び、わずかな焦燥感が表れていた。
「おじさま。すみません。私、少し席を外します。集合時間までには戻りますので、どうか気になさらず、明依ちゃんと楽しんできてください」
言葉をかける間もなく、穂乃羽は
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