第39話 もうひとつの入口

 紫姫、トトリ、シタハルが小さな洞窟の奥を見る。

「どうしてそんなことがわかるんです?」

「それは」

 言葉が止まる。


 永慈は不思議な感覚に囚われていた。

 はっきりとした確信はある。

 だが「どうして?」の答えを言語化できない。「なぜ」を説明できない。浮かばない。

 第六感シックスセンスと一言で片付けることに、心のどこかが抵抗している。

 それは永慈にとって不思議で、そして落ち着かない感覚であった。だから彼にしては珍しく、その感覚の正体を探ろうと悩み、言い淀む。


「それは」

「……わかりました」

 紫姫の一言で、永慈は現実に引き戻される。

「とりあえず入ってみましょう。シタハル、いったんここで待機してて」

「わかった」

「紫姫様。この男の話を信じるのですか?」

 トトリが柳眉をひそめて詰め寄る。紫姫は肩をすくめた。


「確かに荒唐無稽に聞こえるけど、永さんは本来、そういうことを言わない人よ。それだけ強く感じるものがあったということ。こと、エリュシオンにおいては『感覚』は絶対に無視できないのは、他ならぬあなたがよく知っているでしょう」

「……。ここはエリュシオンではありません」

「ま、確かにね。でも、実際に洞窟は存在した。それに、私はあながち見当違いじゃないと思うわ。基本的に、ひとつのエリュシオンに入口はひとつだけど、稀に二つ目の入口が生じることがある。福城市最大の深津浜エリュシオンだって、入口は二つよ。そして、二つの入口は近接することがほとんど。今回、新しく生まれたエリュシオンが二つの入口を持つものだとしても不思議ではない」

 紫姫は微笑んだ。

「もしかしたら、これが永さんの才能なのかもしれないわね」

 釈然としていない様子だが、トトリはとりあえず口をつぐんだ。永慈を押しのけ、洞窟に身体を滑り込ませる。

「まず私が見てきます」

「わかったわ。お願いね」

 夜の闇よりさらに濃い洞窟の口に消える間際、トトリは永慈を睨んだ。


「だいぶ永さんのことを見直したみたいですね」

 紫姫の言葉にいぶかしむ。彼女はウインクした。

「でなければここまで付いて来てませんわ」


 それから紫姫は液体の入った小瓶を取り出し中身を一気にあおった。脈を整えるように深く長い息を吐く。

「それは?」

「気付け薬のようなものですよ。魔術師は精神力が資本ですから。この先、平穏無事とはいかないでしょうし、ね」


 トトリはあまり間を置かず戻ってきた。薄暮の灯りでも不機嫌な顔をしているのがよくわかった。

「ありました。こちらです」

 亜人の女戦士の先導で洞窟の奥に順番に入っていく。

 狭い道は右に左にうねっていたが、二十歩ほど歩くとやや開けた空間に行き着いた。前方に絹のような滑らかで力強い光が降り注いでいる。月明かりだ。


 間違いない。エリュシオンの入口である。


 トトリが向こう側の様子を探るため先行して入境した。亜人は光の肌ライトスキンのおかげで全身を鎧兜で覆う必要がない。彼女が安全を確認する間、永慈は紫姫の力を借りてペンダントの装備を解放した。

 光の靄が全身を覆う。永慈は目を閉じた。私服の上から肌を羽毛で撫でられているような違和感がしばらく続いた。

「終わりました」

 心なしか浮かれた調子で紫姫が言った。

「よく似合っていますよ。永さん」

「自分ではわからないんだが」


 目を開ける。視界は十分に確保されていた。全身鎧を身につけている感覚はあるが、ほとんど重さは感じない。右手を眼前に掲げる。洞窟内の暗闇よりもさらに濃い、漆黒の篭手がはまっていた。ところどころに棘のような鋭い突起がある。身体を触って確かめる。鎧は、全体的にシャープな形状をしているのが理解できた。

 紫姫も、持ってきたリュックから装備を取り出す。彼女はの上から白い貫頭衣を被るスタイルであった。さらに折りたたまれた棒状のものを組み立てると、彼女の身長ほどある弓になった。


「向こうでは魔術の効果が極端に下がりますから、杖じゃなくこっちを使っているんです。名字に弓が付いているからじゃないですよ?」

 緊張を解くための軽口だった。

 紫姫は笑いながらも両手をこすり合わせている。


 連れて行かれた昴成。

 闖入者とアクシデント。

 未知のエリュシオン。

 緊張状態にあるのは永慈だけではないのだ。


 トトリが戻ってくる。モンスターの姿はないものの、警戒はすべきと彼女は報告した。

 紫姫とともにエリュシオンへ入ろうとしたとき、「待ちなさい」とトトリに呼び止められた。一本の短剣を渡される。

「ミツルギとして活動するなら、丸腰でエリュシオンに入るものではありません。これで身を守りなさい。いいですか、

 トトリは足早に洞窟の入口へ駆けていった。外で監視をしているシタハルを呼びに行ったのだ。


 隣で紫姫がくすりとする。

「一歩前進ですね。永さん」

 紫姫の言葉にうなずきながら、永慈は空を見上げた。

 月の輪郭が、。まるで彫刻刀で夜空を削り取ったようだった。

 永慈は確信を強めた。この世界のどこかに、大切な人たちがいる。

(待ってろよ慧。昴成)

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