第22話 前座席の先輩後輩

 それから永慈たちは入部届を提出に行った。

 部室を訪ねると、運良く顧問と事務担当の上級生が残っていた。週末のエリュシオン入境の確認をしていたらしい。その場で入部届を三人分提出すると、顧問が破顔した。

「正式入部してくれる気になったか。皆も喜ぶぞ。何だったら部費もしばらくは――」

「いえ。大丈夫です」

「そうか。じゃあよろしく頼む。他の二人もな」

 明依は引き締まった表情で応えた。永慈にはそれが、内心の興奮を抑え込んでいる顔に見えた。

 願わくば、心のままに思いっきり楽しんで欲しい。

 敢えて口にはせず、左手をさすり、ただ笑顔でいた。



 ――そして土曜日の放課後。

 永慈は部員とともに、エリュシオン入口へと向かうバスに乗り込んだ。

 ファンクラブまで存在する美少女二人が同時に入部してきたとあって、彼女らが座るバスの後部座席はさながら握手会のような盛り上がりを見せていた。

 戸惑いながらも嬉しそうな明依の顔を眺め、永慈は入部を決断して良かったと心から思った。


「おっす先輩!」

 前に座る男子生徒が身を乗り出してくる。

 綺麗に刈り上げた坊主頭にピアス、愛くるしい垂れ目に人懐こい笑顔。やんちゃ小僧を絵に描いたような男子だ。


「すごいッスよね後ろ。やっぱ美人はオーラが違うッスねえ。もしかして先輩のカノジョっすか?」

「いや、あの子たちは」

「あ、そういや明依先輩と名字が同じだから親戚か何かっスか? けどそれにしたって二学年のツートップを引っ張ってこれるなんてヤベェっスよ!」

「いや、別にそこまで凄いことをしたつもりは」

「いいなあ、ああいう人らに囲まれたら毎日オールハッピーだろうなあ。あ、俺常友つねとも晶翔あきとっていいます。一年ッスって先輩は先輩だから当たり前だろ! あははは」

「……凄いな君は。おじさん付いていけないよ」

「へ?」

「いやすまん。今のは忘れてくれ」

 うっかり三十九歳の感覚でつぶやいてしまい、永慈は視線を外した。


 晶翔がじっと永慈の顔を見る。

「先輩。三阪先輩」

「なんだい」

「これから先輩のこと、『おっさん先輩』って呼んでいいスか?」

「おっさん先輩」

「だって見た目すっごいゴツくて大人っぽいし、座席に腕組んで足広げて座るのなんてまんまおっさんだし、あと自分でおじさん言ったし」

「……う」

「おっさんはトレンドッス。マジヤベェくらい」


トレンド流行っているものなのかおっさん。いや、おっさんなのは事実なのだけれども。喜んでいいのこれ)


 何とも形容しがたい表情を浮かべる永慈を余所よそに、晶翔は純度百パーセントの笑顔で言った。

「てことで、これからもよろしくお願いします。おっさん先輩!」

「お、おう」

 結局、勢いに押されうなずく。


 そのとき、晶翔の隣の席から分厚い本を持った手が伸びて、後輩の頭をはたいた。

「いい加減ちゃんと座れ。みっともない」

 落ち着いた声だ。晶翔が口を尖らせる。

「いいじゃないッスかあ静希しずきサン。楽しくやるのは大切ッスよ」

「お前の場合、暴走と区別がつかん」


 晶翔の隣に座っていた男子が立ち上がる。眼鏡のフレームがバス内の灯りを反射した。

「まだ一人ひとりと挨拶は済ませてなかったな。三年の新良貴しらきだ。改めてよろしく頼む。至誠館中央ECEへようこそ」

「どうも」

 会釈しながら「これはまた格好良い男イケメンだ」と永慈は思った。

 西洋系と言えばいいだろうか、彫りの深いシャープな顔立ちに、地毛とおぼしき自然な色合いの茶髪。細いスクエアタイプの眼鏡が彼の知的で鋭い印象をさらに強くさせる。長身痩躯そうくだが、筋肉はしっかり付けていると永慈は見た。

 どことなく、雰囲気が昴成に似ている。


 静希は晶翔の頭を再び軽く叩く。

「こいつの言うことは話半分に聞いていろ。それでも目に余るようなら俺に言え。目付役としてしっかり再教育する」

「げげ、マジッスか静希サン」

「当然だ。貴様の手綱を握れるのは俺ぐらいしかいない。何のために隣に座っていると思ってる」

「ぶーぶー。静希サンの隣じゃ会話がカタすぎて面白おもしろないッス」

「我慢しろ」

 なおも不満を訴える晶翔を軽くいなしつつ、再び席につく静希。座席越しに話しかけてくる。


「三阪永慈といったな。他校でECEの活動歴はあるか」

「いえ。今回が初めてです」

「わかった。では向こうに着くまで、エリュシオンでの注意事項を説明しておく。同じ内容は配布した冊子の十二ページから記載してあるので、後で読み返しておくように」

 座席から身を乗り出したままの晶翔が声を潜めた。

「ああ見えて意外と世話好きなんスよ静希サ――」

 直後に鈍い音がして、晶翔は苦悶の表情を浮かべながら身をよじらせた。「カドはマジキツイッス」と訴える晶翔を、永慈は微笑ましい気持ちで見つめた。 

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