4-6

12月15日(Mon)


 東堂孝広の死が今朝のニュース番組で報じられた。番組内で中継が繋がり、道玄坂二丁目のあのビルがテレビに映し出される。

有紗はなぎさが作ったタマゴサンドを食べながらテレビを見つめていた。


「タカヒロさん、前に好きだった人なの。でも、もういいんだ。あれは恋じゃなかったって今なら思える」


タマゴサンドの最後の一口を食べた有紗はごちそうさまでした、と言って席を立った。


 タカヒロの訃報の話題に関連して、彼が売春組織に関与していた疑いであのビルに警察の捜査が入っていたことも報道されている。

タカヒロと共に殺された21歳のダイニングバーの女性従業員の名前は飯田未菜いいだ みな

有紗には心当たりがない名前だ。殺されたのが有紗の知り合いの店員ではなくて、正直ホッとした。


「有紗ちゃん本当に平気? 学校休んでもいいんだよ?」

「大丈夫。ちょっとびっくりしたけど本当に平気だから。いってきまーす」


 聖蘭学園の制服に身を包み、有紗はなぎさの家を出た。

ここから地下鉄の四谷三丁目駅までは徒歩数分。聖蘭学園の最寄り駅の外苑前駅に出るためには赤坂見附駅で乗り換えになる。

金平糖を頬張って、赤いチェックのマフラーに口元を埋める。コートのポケットに両手を入れて歩く彼女は朝の新宿通りの景色を眺めた。


 車が何台も通りすぎていく。名前も知らないどこかの誰かの知らない日常。知らない一日がまた始まる。

今この瞬間を自分は生きているのに、タカヒロはもう生きていない。そのことが不思議だった。

過去に好きだった人が死んだと言うのにどうして何も感じない? 可哀想? 同情? 何か違う。


結局、タカヒロは自分とは遠い世界の人間だった。優しく近付いてきたのもMARIAに引き入れるための偽りの優しさ。

彼が死んでも悲しい、寂しいの感情はない。タカヒロが殺された理由もきっと殺されるだけの悪いことを彼がしていたからだと、高校生の有紗にはそれ以上の考えは浮かばない。


 慕っていた先輩の木内愛が死んだ時はあんなに悲しくてたまらなかったのに。でも愛の死を知った後も有紗は普通の日常を営んでいる。愛の死もタカヒロの死も、自分の生活に何の影響もなかった。


 ニュースで知らない土地の知らない人が事件や事故で亡くなりました。と報道されるのを朝食を食べながら無関心に見て、無責任に“可哀想だね”と言うあの感覚。同時に、自分は生きていて良かったと思う感覚。


もしかしたら今日、自分が事件や事故に巻き込まれて死ぬかもしれないのに、みんな自分だけは“絶対に死なない”と根拠のない自信を持っている。

だから人の死も他人事。有紗もやっぱり人の死は他人事にしか思えなかった。


(世の中いろんな大人がいるなぁ)


 家出をしてからのこの1週間でそれでも自分は少しだけ成長したかもしれない。

早河、なぎさ、矢野。信じてもいいと思える大人に出会えたこと、タカヒロへの想いが恋ではなくただの甘えだと気付いたこと、自分は大人ではなくひとりでは何もできない非力な子供なんだってこと。


 有紗の周囲で起きた連続殺人事件。殺されたのは同じ学校の先輩、同級生、親しくしていたクラブDJ。


(早河さんは事件のことは何も話してくれないけど、殺人事件にはMARIAが関係してるんだよね。でも何で? 愛先輩はMARIAには入ってないのに……)


四谷三丁目駅に通じる入り口が見えた。急ぎ足で歩く有紗の背後に、大きな陰が迫っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る