2‐5

 有紗となぎさが楽しげに談笑している。大人が嫌いと言っていてもなぎさとは打ち解けたようだ。

早河は女二人のお喋りに耳を傾けつつ、テーブルの上に置きっぱなしになっている猫柄の巾着袋に目を留めた。


 初めて目にした時から気になっていた。流行り物が好きな女子高生ならば子供っぽい柄の巾着ではなく、もっと洒落たポーチを持つ。

彼女はなぜこの巾着に金平糖を入れて持ち歩いている? 例えば糖の補給が必要な持病があるとは父親からも本人からも聞いていない。

身体の不調に備えるため……ではなさそうだ。


『有紗、どうして金平糖を持ち歩いているんだ?』

「……御守りなの」


 何気なく聞いた早河の問いに有紗は一拍置いて答えた。笑っていた有紗の顔から笑みが消える。


「お母さんがよく言ってたんだ。“金平糖は有紗の御守りなのよ。だからいつも持っているのよ”って。この袋も小学校の時にお母さんが金平糖を持ち歩く用に作ってくれたの」


猫柄の巾着袋は母親の手作り。子供っぽいと感じるのも小学生の時に作られた物だったから。謎は解けた。


「金平糖は私の御守りだから寂しくなった時は金平糖を食べると落ち着くんだ」

『そうか……』


 冷めたフリをしていても有紗もまだまだ子供だ。どんなに強がっても隠しきれない寂しさ。それを埋めるために有紗には金平糖が必要なのだ。


「ねぇねぇ、なぎささんとも話してたんだけど今日の夕御飯はみんなで焼肉行こうよ!」

『はぁ? 焼肉って俺はまだ仕事が……』


 有紗にねだられて早河は顔をしかめる。なぎさを見ると、してやったりな苦笑いを浮かべていた。


「今夜はいいじゃないですか。有紗ちゃんも家出してからちゃんとした物食べてないって言うし、私もまだ買い物行ってなくて有紗ちゃんと二人分の食材が家にないんですよね」

「いいでしょ? 焼肉! 食べたい食べたい食べたい!」

『……はいはい。わかったよ』


 ちょっとした、疑似家族のような賑やかな夜だった。


        *


 聖蘭学園美術教師の神田友梨は恋人の佐伯洋介のマンションにいた。佐伯とは今年の夏から交際を始めた。

友梨が聖蘭学園に赴任して2年目、副担任ではあるが初めて受け持ちのクラスを持った彼女は、同じクラスの担任としてサポートしてくれる佐伯に好意を寄せるようになった。

友梨から告白をして佐伯も同じ気持ちでいてくれたことが嬉しかった。


 最近、友梨は頻繁に佐伯のマンションに泊まる。理由は同僚教師の朝倉修二にあった。

今月になって朝倉が友梨の住むマンションの向かい側のアパートに引っ越してきた。友梨を監視するために。

佐伯が料理を作る友梨を抱き締める。


『朝倉のことやっぱり警察に話そうか』

「そうね……。事件の捜査で学校に来ていた女の刑事さんいたでしょ? あの人に相談してみる。名刺の電話番号にかければいいと思うから」


鍋の蓋を閉めた友梨は佐伯の方を向いて彼を抱き締め返した。


『そうだな。それがいい。何かあれば俺にいつでも言って』

「ありがとう。心配してくれて」

『当たり前だろ。友梨は俺の大事な恋人なんだから』


 佐伯のこの優しい微笑みが友梨の不安を消していく。彼女は佐伯の腕の中で目を閉じた。

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