2‐6
12月11日(Thu)午前8時30分
聖蘭学園の制服を着た高山有紗は学校には向かわずに渋谷駅前をふらついていた。渋谷センター街のハンバーガー店に入り、注文したミニパンケーキセットを持って二階の窓際の席に座る。
店内にはここで朝食を済ませているサラリーマンやOLの姿もあるが誰も制服姿の有紗に見向きもしない。店員ですら高校生の有紗が学校に行かずにこんな所に居ても気にしていない。
世間なんてそんなもの。誰も人のことなんて気にしない。
(ネットカフェに泊まるのを止めただけで、学校に行くとは言ってないもん)
心の中で自分の為の言い訳をして、ぬいぐるみのキーホルダーがたくさんついた学生カバンからメイクポーチを取り出した。パンケーキを食べるのと同時にメイクを進める。
テーブルの上の携帯電話が鳴った。メール受信欄には同じクラスの奈保の名前がある。
―――――――――――
ありさー
おはよう❤️
今日も休み?風邪大丈夫?
期末テスト返却されてきてるけど、
あたしは数学が追試だったぁ( ;∀;)
早く風邪なおして学校きてぇ~
さみしいよぉ~
―――――――――――
メールを読み終えた有紗は溜息をついて、返信もせずに携帯を置いた。どうやらこの数日の無断欠席は風邪で休んでいることになっているらしい。
もう木曜日だ。月曜から学校をサボっている罪悪感が有紗に奈保への返信を躊躇わせた。
父と喧嘩をして家を飛び出した日曜日のあの日に何もかも嫌になった。
精神科医の父は有紗にはわからないが精神科医の世界では権威ある立場らしく、家を不在にすることも多い。
仕事ばかりで父が夕食の時間帯に家に居ることはほとんどない。5年前に母が失踪してからは通いの家政婦が作る夕食を有紗はいつもひとりで食べていた。
父との会話は勉強や進路のことだけ。厳格な父は冗談も言わない。
髪を茶髪に染めたのは6日の土曜日。あのネットカフェが入るビルのダイニングバーで働く女子大生と知り合いになった。彼女と渋谷で遊んでいた時に、タカヒロと遭遇した。
その時にタカヒロが連れていた友達が美容師の卵で、カットとカラーのモデルを有紗に頼んできた。
美容師のアシスタントのヘアーモデルだから料金は無料。タダで髪が染められるなら…と、つい出来心だった。父への反発と日頃の鬱憤を晴らしたくて、何か新しいことをしたくて、髪を染めた。
翌日に父と顔を合わせると案の定、父は有紗の茶色く染まる髪を見て激怒した。普段は娘に無関心なくせにどうして髪を染めただけで怒られるのか納得いかなかった。
(奈保がこの髪見たらどう思うかな)
茶色くなった自分の髪をいじる。『似合うよ。有紗ちゃんは茶髪の方がいい』茶髪にした有紗にタカヒロがかけてくれた言葉。
好きな人に似合うと言われて嬉しかった。
だけど学校に行けないのは校則違反の染髪をした姿を奈保やクラスメートに見られたくないから。後ろめたいと感じるのはどうして?
有紗は鏡に映る自分を見つめた。メイクで作り上げた偽りの仮面。
本心を隠し、偽り、大人には牙を向ける。
大人なんか信じたくない
大人になんかなりたくない
だけど子供扱いされるのもイヤ
責任や仕事や重たいものを背負わされるのもイヤ
何にも縛られることなく
誰にも干渉されることなく
つまりは自由でいたいだけ
それが甘えだってことはわかってる
ひとりでいたいのにひとりは寂しい
ひとりでいたいのにひとりじゃ何も出来ない
大人を軽蔑しているくせに大人の真似事をして大人ぶっている
でもどうしたらいいのかわからない
(お母さん……。お母さんが居てくれたら私はなんでもお母さんに話せていたのに。会いたいよ……)
*
早河の携帯に有紗の担任の佐伯洋介から連絡が入ったのは午前10時過ぎだった。
『有紗が学校に来ていない?』
{はい。一限が終わったところなんですが高山さんはまだ登校していません}
電話相手の佐伯の背後からは学校のチャイムの音が聞こえる。
『香道からは制服を着て家を出たと聞いていたので、てっきり学校へ向かったと思っていました。申し訳ありません』
{いえいえ。早河さんが謝られることはないですよ。ただこのまま欠席が続くと進級にも響きますし、来年は彼女も受験生なので……}
『わかりました。有紗は私の方で捜します。見つけ次第そちらにご連絡します』
{お手数おかけします}
佐伯は何度も早河に謝罪と礼を述べて通話を切った。電話の後、早河は呆れと怒りの溜息をつく。
『有紗の奴、サボりやがったな』
「すみません……。制服を着て出たので学校に行ったとばかり……」
『なぎさが責任感じることはない。有紗だって分別のつかない子供じゃないんだ。自分で判断してサボってんだよ』
ハンガーにかけたコートを羽織り、早河は携帯電話を有紗の番号に繋げる。コール音はなるが一向に出る気配はない。
『出ないな。行き先の見当はだいたいついてる。なぎさは留守番頼む』
「はい。お気をつけて」
早河が出掛け、ひとりで残された探偵事務所。愛用のノートパソコンを開いても有紗のことが気がかりで、なぎさはキーを打つ手が進まなかった。
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