4‐2

 原宿まで出掛けたなぎさと有紗は、スイーツ専門店でスイーツバイキングを堪能し、ゲームセンターでプリクラを撮った後は竹下通りの服屋巡りに繰り出した。


妹のいないなぎさと姉のいない有紗は、まるで姉妹のように和気あいあいとショッピングを楽しんだ。


「昨日ね、早河さんに告白したんだ」

「ええっ?」


 服屋の鏡の前で、売り物の服を体に当てて見ていたなぎさはそのまま振り向いた。後方にいる有紗は棚に並ぶ帽子をひとつひとつ被って試している。


「だけど振られちゃった。もっと大人になったらまた迫って来いって」

「そっか……」

「でもキスはしたよ」

「……えーっ?」


危うく売り物のセーターを落としそうになった。服屋の店員が訝しげにこちらを見ている。


「なぎささん、びっくりし過ぎぃー! キスって言っても、まだ子供の私を叱るためのキスって言うのかな。全然、優しくなかったし、幸せなキスではないの」


 有紗はピンクのグロスが塗られた自分の唇に触れた。


「優しくないし無理やりで怖かったけど、キュンとしちゃった。やっぱり私、早河さんが好きみたい」


有紗の頬が赤らんでいる。どうしても彼女のピンクの唇になぎさの視線が集中してしまった。


(所長と有紗ちゃんがキス……まさかの展開だ)


 なんとも言えない気持ちがなぎさの心に沸き上がる。早河が有紗にキスをして何を教えようとしたのかわからないが、早河が有紗を好きになってキスをしたのではないと知って、わずかに安堵していた。


「早河さんって、女慣れしてるって言うか、あれは絶対モテる人生送って来てるよね! キスもなんか無理やりだったけど上手くて、とろけちゃう感じで……私何言ってるんだろ。恥ずかしいっ」


昨日の出来事を思い出して有紗は両手で赤い顔を覆った。


 服屋を出た後に二人はドラッグストアーに立ち寄った。化粧品売り場には女優の本庄玲夏がイメージモデルを務めるコスメブランドのポスターが飾ってある。


新商品のアイシャドウとリップに彩られた本庄玲夏が優美に微笑んでいた。有紗はポスターを見つめる。


「そうだ。早河さんは芸能人だと本庄玲夏が好きなんだって。矢野さんが言ってたの」

「所長、芸能人に興味なさそうなのにね」


 確かに以前、テレビで流れた本庄玲夏のCMをぼうっと眺めていたことがある。彼の口から本庄玲夏の話題が出たことは過去一度もないが、隠れファンなのかもしれない。


 早河の女事情や好きな女性のタイプをなぎさは今まで気にしたこともなかった。

1年前までは彼女がいたらしいが、どうやらあの時の彼女とは別れているようだ。


これまで一番遠かった存在の彼が今では一番近くにある。早河の下で働き始めてからは、彼の一番近くにいるのは自分だと思っていた。


近くにいるから、時々見失う。

近くにいるから、時々わからなくなる。


近くに居すぎると見えなくなるものが、あるのかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る