4‐9

 佐伯洋介のマンションに到着した上野恭一郎警部は五階の佐伯の部屋に向かった。

佐伯の部屋、501号室の呼び鈴を何度も鳴らすが応答がない。部下の原昌也が通路を走ってくる。


『管理人から合鍵借りて来ました』


原が合鍵で佐伯の自宅の鍵を開け、二人は慎重に501号室に入室した。


『佐伯さん。警察の者ですが、ご在宅でしょうか?』


 暖房のついていない寒々しい部屋はカーテンが締め切られていて薄暗い。広いリビングに人の気配はなかった。

原がトイレや浴室を覗くが、誰もいない。


 ……んー……。上野の耳に、かすかに物音が聞こえた。


『何か聞こえなかったか?』

『え?』


二人の刑事は耳を澄ます。……んー……んー……断続的に聞こえるのは誰かの苦しそうな声。

上野はリビングを横切り、リビングに面した茶色い引き戸を開けた。寝室のようだ。


『神田先生っ!』


 寝間着姿の神田友梨が口に布をかませられて両手足を縛られた状態でベッドに横たわっていた。上野が友梨の口を覆う布をとると、友梨は肩で大きく息をして咳き込んだ。


『原、コップに水を入れて持ってきてくれ』

『はい』


原に水を取りに行かせ、上野は友梨の手足を縛る紐をほどいてやる。彼女は原からコップを受け取り、水を一気に飲み干した。

上野が友梨の背中をさする。原が119番に通報していた。


『大丈夫ですか?』

「……はい」

『佐伯にやられたんですね?』


友梨は憔悴した顔で頷く。彼女の身体は震えていた。


『何があったんです?』

「彼の……クローゼットの中を見てしまって。クローゼットの中の……箱を……」


 震える手で彼女はベッドの横のクローゼットを指差した。原がクローゼットを開けると、下段に靴箱が積まれ、一番上にアルミの箱があった。


「そのアルミの……。いつもその箱が気になっていました。クローゼットを開けるたびになんとなく、ただの荷物ではない気がしていたんです。今朝、彼がシャワーを浴びていたので、少しだけ好奇心で箱の中を見ちゃって……」


 友梨は両手で顔を覆って泣き出した。上野は原に目配せして、アルミ箱の蓋を開けさせる。箱の中にはビニール袋に包まれた白骨化した人間の手が入っていた。


『佐伯の行き先に心当たりは?』

「わかりません。でも彼は一度出掛けてまた戻って来たんです。また出掛ける時も何も言いませんでした。私の方を見向きもしなかった。最初から彼は私を見ていなかったんです……」


白骨化した手にはシルバーの指輪が嵌められていた。友梨は涙を溜めた瞳で人骨に嵌まる指輪を悲しげに見つめた。


        *


 早河の車は中央自動車道を走行中だ。彼は上野との通話を終えて携帯に接続したイヤホンを耳から外す。もうすぐ午前11時になる。


『佐伯の自宅で白骨化した人間の手が見つかったそうだ』

『考えたくはないけどその手ってやっぱり高山美晴のものなんですかね』


助手席の矢野はノートパソコンを開いて画面を睨む。矢野の指がパソコンのキーの上を高速で移動した。


『……ヨッシャ! 有紗ちゃんの携帯のGPS、完全に拾えました。もうすぐ山梨の大月ジャンクション辺り』

『やはり行き先は山梨か』


 万一に備えて、有紗には携帯電話のGPS機能をオンにしておくよう言い含めていた。有紗は早河の言うことを聞き、文句も言わずに設定をオンにしていた。

GPSの微弱な反応を頼りにここまで追いかけ、ついに完全に獲物を捕らえた。


『制限速度ギリギリまで飛ばすぞ』


早河の車が速度を上げた。

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