3-7
品川の高層ビルのフロアでは午前中から二葉書房主催のイベントが行われている。イベントは午後5時に終了し、関係者が次々と会場から出ていく。
二葉書房文芸部に勤める金子拓哉は人混みの中でなぎさの姿を見つけ、彼女に駆け寄った。なぎさは受付の片付けをしている。
『香道さんお疲れ様』
「お疲れ様です」
『この後、うちの連中と軽い打ち上げやるんだけどよかったら一緒に来ない?』
「いいんですか? 私は社員じゃないのに……」
『香道さんならみんな大歓迎だよ。片付け俺も手伝うね。早く終わらせて打ち上げ行こう』
金子は積み上げられた段ボールをエレベーターまで運んでいく。なぎさは腕時計で時間を確認した。有紗は今頃どうしているだろう?
(打ち上げ行くなら有紗ちゃんに連絡しないと……。夜ひとりで大丈夫かな)
*
早河探偵事務所のソファーに寝そべって漫画を読んでいた有紗は手元の携帯電話のランプの点滅に気付く。なぎさからメールが届いていた。
「なぎささん、夕食までに帰って来れなくなっちゃったって。イベントの打ち上げに行くみたい」
『俺の所にもメール来てた。有紗が夕食ひとりきりになっちまうから申し訳ないって気にしてたぞ』
「そんなのいつもひとりだったから気にしなくていいのに。なぎささんて、優しいよね。見ず知らずの私のこと家に住まわせて気にかけて……」
『あいつはそういう奴なんだよ』
〈気になくていいよ。楽しんで来てね〉と有紗はなぎさに返信のメールを送る。
大人はいつも楽しそうだ。帰りが夜遅くになっても怒られない。その代わり、大人はいつも仕事に追われていて忙しそうだ。
「早河さんはなぎささんのことどう思ってるの?」
『どうって、なぎさは大事な助手だ』
「ふぅん。大事な助手かぁ。どうしてなぎささんが早河さんの助手になったのか、なぎささんに聞いたよ。なぎささんのお兄さんのことも」
『そうか』
早河は顔色ひとつ変えない。平然と澄ましている彼の表情が崩れる時はどんな時?
こっちを見て欲しいのに彼はこちらを見ない。
彼の視界にまだ彼女は入れない。彼の世界にまだ彼女は入らせてもらえない。
「……やっぱりやーめた」
『何が?』
「だってこれ以上詮索したら嫌われそうだもん。だから聞くの止めた」
くるりと踵を返した有紗はソファーにうつ伏せに寝転び両足をバタバタと動かしている。早河はパソコンから顔を上げて苦笑いした。
『何が聞きたいのか言ってみろよ。東京タワーの時の積極性はどうした?』
「いいの。今はまだ聞きたくないもん。いつかそのうち、絶対に聞くからまだいい」
『わけわかんねぇなぁ』
再びパソコンに向かう早河を彼女は横目に見た。
聞きたいことはあった。だけど今はまだ聞く時でもなければ聞きたくもない。
だから聞くのを止めた。
早河となぎさと知り合って今日で4日目。その中でも早河となぎさが一緒にいる場面を目にする機会はほんの少しだったが、二人の間には有紗が入り込めない何かがあるように感じた。
(なぎささんが大事なのは死んじゃった先輩の妹だから? それとも違う理由から?)
いつか自分がもう少し大人になったら絶対に聞こう。でもどこまでが子供でどこからが大人?
自分はまだ子供だから早河の恋愛対象にはなれない。だけどきっと、なぎさは早河に大人として扱われている。
成人すれば大人? 社会人になれば大人?
高校生は子供? 大人?
子供と大人、その違いは何?
有紗となぎさの違いは?
いつから、大人なんだろう。
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