5‐3

 大きな振り子時計の振り子が左右に揺れる。年代物の時計の針は午後10時を示していた。

振り子時計が見守る中、二人の男がチェスをしている。


『何故ドラジェを生かしておいたんですか? あの男は我々が手を下さなくともいずれ死ぬ気でしたよ』

『ドラジェの生死に興味はないよ。私が興味があるのはドラジェの可愛いクララ、高山有紗の方さ』


 貴嶋佑聖は金色の指輪を嵌めた右手で黒色の駒を動かした。対面のスパイダーが白色の駒を持つ。


『高山有紗? どうしてあんな子供を?』

『ドラジェの最終目的は高山有紗の殺害だろう? だが今、高山有紗に死なれてはつまらない。彼女は早河くんになついているようだ。香道なぎさと共に、今殺してしまうには惜しい。……スパイダー、これでチェックメイトだ』


チェス盤に並ぶ白と黒の駒は天使と悪魔のよう。白は黒になり、黒は白になる。

スパイダーが苦笑した。


『やはり、リザインするべきでした。僕はいつになればキングに勝てるんでしょうね』

『君は駒を大事にし過ぎだよ』

『大事にし過ぎですか?』


スパイダーの細長い指が白色のクイーンの駒を手に取る。


『切り捨てる駒と大事にするべき駒、その判断を間違えてはいけない。チェスも、人も』

『キングにとってこの駒は大事にするべき駒ですか?』


白色のクイーンが貴嶋の前に置かれた。貴嶋はスパイダーが置いた白のクイーンの隣に黒のクイーンを置く。


『クイーンはね、私の切り札だ。使う時までその存在すら秘密の……最強の切り札だよ』


 白のクイーンと黒のクイーン。二つのクイーンは天使? 悪魔?


 ノックの音の後、スコーピオンが部屋に男を連れて来た。恰幅のいいグレイヘアーの男が貴嶋を見て口元を上げる。

貴嶋が立ち上がった。


『やぁ、西山さん。ようこそ』

『今宵はお招きありがとう。キング』


グレイヘアの男は関東を牛耳る暴力団和田組の元四代目組長、西山哲二。組長が五代目となった今も相談役として権威を振るっている。


『ほう、チェスとは洒落てるね。私も将棋ならイけるんだが』

『では次は将棋を指しましょう。用意しておきますよ』

『ははっ。是非とも手合わせ願おう』


 チェス盤はスパイダーが片付け、彼は西山相談役に会釈して部屋を出る。スコーピオンがワインの準備を始めていた。


『しかし息子の殺害を私に依頼するとは、あなたも悪い人だ』

『孝広は少々度が過ぎた。母親が甘やかして好き放題させてしまったからな』


向かい合って座る貴嶋と西山の前にワイングラスが置かれ、血のように赤いワインが注がれる。


『アレを消すにはうちの者を動かしてもよかったんだが、若頭がお縄になったばかりでね。連中も色々と気が立っている。君に頼めば確実だろう? それに私よりも君の方が恐ろしい男だと思うが。日本のヤクザの大半はカオスに吸収されとるようじゃないか』


二つのワイングラスの赤い液体が揺れる。


『力と力は引き合います。より強い力を持つ方に引き合い、そこに集まる。それだけのことです』


貴嶋はワインを喉に流し込み、不敵に微笑んだ。

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