5‐8

12月19日(Fri)午後2時


 新宿区の啓徳けいとく大学病院の精神科に高山政行は勤務している。その精神科ではなぎさの高校時代の友人が心理カウンセラーとしてチームの一員に加わっていた。

精神科の待合室のソファーに座って待ち人が来るのを待つ。廊下の彼方に白衣を纏った友人の姿が見えた。


「なぎさ。久しぶり」

「麻衣子ー!久しぶり。なんだかすっかりお医者さんっぽくなったね」

「もう。医者じゃなくてカウンセラー!」


 白衣の女性、加藤麻衣子と会うのは1年振りだ。社会人になるとどれだけ仲の良い友達でも会える頻度は少なくなる。

それでも関係が続く友達が本物の友達だ。


 なぎさと麻衣子は最上階にあるカフェに入る。店内には束の間のコーヒーブレイクを楽しむ白衣を着た医師や看護師、椅子の横に松葉杖を立て掛けた読書中の入院患者や見舞い客が思い思いの時間を過ごしていた。


「でもびっくりしたよ。高山さんの名刺見た時に働いてる病院が麻衣子がいる病院と同じだとは思ってたけど、まさか麻衣子が高山さんの部下だったなんて」

「それは私も。なぎさが探偵事務所で働き始めたのは聞いてたけど、高山先生の家出したお嬢さんをなぎさが預かっていたんでしょ? 世間て狭いよね」


明るい日差しが差し込むカフェテリア。窓際の席で二人は笑い合った。


「うちの学校の先生が殺人事件の犯人だったなんて。なんだか悲しいな……」

「私達が卒業するのと入れ替わりで佐伯は聖蘭学園に赴任して売春組織まで創ってたの。学校の前にマスコミが沢山いて、理事長は大変そうだった」


 佐伯洋介が逮捕された翌日、聖蘭学園は記者会見を開いた。報道陣の前でカメラに向けて頭を下げる松本理事長の姿を見て胸が締め付けられた。


「騒ぎが落ち着いたら学校に遊びに行こうかな。なぎさも一緒に行こ?」

「うん。この前久々に学校行ったら色んなこと思い出しちゃったよ」

「懐かしいね。卒業してもう6年になるんだもんね」


 巨大なビル群がうずくまる灰色の街が窓の外から見える。頬杖をつき、麻衣子は景色を眺めた。


「今頃どこに居るんだろう」

「……莉央りおのこと?」


麻衣子が視線をなぎさに移す。なぎさは頷いた。


「そうだね。莉央はどこにいるのかな」

「お互いに生きていればきっとまた莉央に会えるって信じたいんだ」


 哀しげな瞳でなぎさはカップの中のミルクティーの優しい色合いを見下ろした。


 懐かしい思い出はこんなミルクティーのように甘くて優しい思い出だけではないこともある。切なくて悲しい思い出が甘くて優しい思い出の傍らに、そっと寄り添っている。


あの頃は楽しかった。大人でもない子供でもない青い時期。

先のことなんて何も考えずにただがむしゃらに毎日を生きていた。

それが青春時代の特権とでも言うように。

大人になるにつれて失われていく感情があの頃のすべてだった。


あの頃、一番近くに居たのに。

いつも一緒に居たのに。

“彼女”の痛みになぎさは気付けなかった。


 兄を亡くす前になぎさは大事なものをひとつ失くしていた。大切な大好きな友達。


彼女は今どこにいるんだろう。

どうか、どこかで……生きていて。

そうして「幸せだよ」と貴女には笑っていて欲しい。



第五章 END

→エピローグに続く

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