エピローグ

エピローグ

12月24日(Wed)午前11時


「こんにちはー」


 高山有紗が元気よく早河探偵事務所に入って来た。早河となぎさが有紗を出迎える。


『わざわざここまで来なくても空港まで見送りに行ってやるのに』

「早河さんにお見送りされたらフランスに行けなくなっちゃうもん」


有紗はペロッと舌を出して笑った。


 事件の後、聖蘭学園の松本理事長と高山政行の話し合いで有紗をフランスにある聖蘭学園の姉妹校に半年間留学させることが決まった。他の留学希望者と共に、有紗は明日フランスに旅立つ。


『お父さんとはその後どうだ?』

「うん。色々話し合ったよ。血が繋がってなくても有紗はお父さんの娘だって言ってお父さん泣いちゃって。お母さんをお墓に入れてあげた時もお父さん泣いてた」


ソファーに座る有紗の顔つきは以前よりも少しだけ大人びていた。それは無理して大人の真似をしているのとは違う。あの事件を通して精神的に彼女は大人になった。


「私、今までずっとお父さんに守ってもらっていたのに何にもわかってなかったなぁって思ったの。だから今度は私がお父さんを支えてあげられるくらい強くなりたい」

『有紗も少しは大人になったな』

「へへっ。お母さんが見つかったのも、私がお父さんの気持ちがわかったのも、早河さんとなぎささんのおかげだよ。ありがとうございました」


 有紗はソファーを降りて二人に頭を下げた。

母親の失踪事件の結末は悲惨だったが有紗の成長は素直に嬉しく思える。


「フランスの姉妹校なら寮があるのよね」

「うん。神田先生が付き添いで一緒に行くことになったよ。神田先生ね、……佐伯先生のことがあって落ち込んでいたから理事長が一緒に行ってきなさいって」


佐伯の名前を出す時だけ有紗の表情が曇った。実の父親の弟で有紗の叔父だった佐伯洋介は有紗の母親を殺し、有紗自身も彼に殺されかけたのだから無理もない。


『お前フランス語話せるのか?』

「フランス文学の授業受けてるから少しだけなら話せますよーだ。そうそう、二人にコレ渡したかったの」


 バッグの中から有紗が取り出したのはラッピングされた青色とピンク色の袋。


「はい、クリスマスプレゼント。一応手作りマフィンとクッキーです」


青色の袋を早河に、ピンク色の袋をなぎさにそれぞれ渡す。二人は笑顔で受け取った。


「矢野さんにもあるんだけど、いないからコレ、矢野さんに渡して欲しいな」

『矢野はあちこち飛び回ってる奴だから。渡しておく』


矢野の分の黄色の袋は早河が受け取った。彼はデスクの一番下の引き出しから紙袋を出す。


『ん。俺となぎさからもクリスマスプレゼント』

「えっ……」


 有紗は目を丸くした。薄いピンク色の紙袋を受け取ると彼女は中を覗き込む。


「嘘ぉ……プレゼント貰えるなんて思わなかった。開けていい?」

『いいよ。そんな大したものじゃないけどな』


紙袋の中からは白色のハンドバッグと小さな筒状の箱が出てきた。箱の中身は海外のコスメブランドのリップグロス。


「バッグとっても可愛い! このグロスも雑誌に載ってたやつだぁ!」


バッグとグロスを手に取って有紗は大喜びしている。


『バッグは俺から、そっちの化粧品はなぎさから』

「早河さん、なぎささん、ありがとう! 大切に使うね!」


 初めて会った時の冷めた目をして大人が嫌いだと吐き捨てていた有紗は今はいない。無邪気で素直な、これが本来の有紗の姿。

有紗は早河に抱き付いた。


「早河さんのこと諦めないからね。絶対、ぜーったい早河さんの彼女になるんだから」

『今よりもっといい女になったら考えてやるよ』

「そうやって余裕でいられるのも今のうちだよ! すぐにいい女になって誘惑してやるぅ」


早河の頬にキスをして彼から離れた有紗は荷物を持って扉の前で振り返った。見送りの二人に笑顔で手を振る。


『留学頑張れよ』

「うん。また帰ってきたら会いに来るね!」


 金平糖の少女が去っていき、二人きりの探偵事務所は途端に静かになった。有紗の手作りマフィンとクッキーが入る袋には金平糖が三粒入っている。

金平糖の粒を灯りに照らしてぼうっと眺める早河をなぎさは一瞥した。


「所長、大変ですね。有紗ちゃんの為にも彼女作らないようにしないと」

『今のところそんな予定はないけどな。……今日はクリスマスイブか』


 彼は金平糖を口に放り投げ、壁にかかるカレンダーに目をやる。今月から事務所にはなぎさが購入してきた高さ50センチの小さなクリスマスツリーが飾られていて、カレンダーの隣でクリスマスツリーが電飾を光らせている。


「そうですよー。イブにデートもしないで仕事なんて……」


有紗の手作りマフィンを食べながらなぎさは溜息混じりにパソコンを開く。早河は笑って、金平糖の甘い味の残る口元に煙草をくわえた。


『今夜の予定は?』

「なんにもないです」

『じゃあ定時で終わって夕方から一緒に出掛けるか?』

「出掛けるって……」

『今は急ぎの案件もない。どこか食事に行くくらいなら連れて行ってやるけど』


 そうは言ってもクリスマスイブの当日に入れる飲食店は限られている。どこの店もほとんど満席だろう。

それでもなぎさは嬉しそうに顔をほころばせた。


「なに奢ってもらおうかなぁ」

『俺の奢りかよ』

「だって所長が誘ったんですよ?」

『はいはい。なんでも奢りますよ』

「ケーキも食べたいし……あ、今から当日予約できるお店、ネットで探してみましょう! せっかくだからイルミネーションも見たいなぁ」


クリスマスツリーの7色のライトが事務所を彩る。早河探偵事務所は今日も明るい。


 来年のクリスマスはどこで過ごしているでしょう?

誰と過ごしているでしょう?



早河シリーズ第二幕 金平糖 END

→あとがきに続く

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る