2‐11

 午後8時、小山真紀は恵比寿駅前のカフェの店名を確認して店内に入った。この店の閉店時間は午後10時、まばらに客が散る店内の一番奥の席に約束の人物を見つけた。

奥の席にいた神田友梨が立ち上がって会釈する。


「わざわざこんな場所にお呼び立てして申し訳ありません」

「構いませんよ。お話したいことがあればいつでもお電話ください」


 友梨から話があるので会えないかと電話をもらったのは昨夜のこと。事件に関係した話ではないと前置きをした上での相談事のようだ。


「小山さんのご担当は殺人事件だけでしょうか? 例えばその……ストーカー……のような事件の担当はどこか他の部署の刑事さんに相談した方がよろしいのでしょうか?」

「ストーカー犯罪も場合によっては捜査一課が捜査をすることもありますが、基本的には生活安全課の担当になりますね。私がお話を聞いて、担当部署を紹介することもできます。ストーカー被害に遭われているんですね?」


友梨は戸惑いがちに頷いた。真紀は警視庁配属前の所轄時代は生活安全課に勤務していた。この手の相談を受けた経験はある。


「相手に心当たりはありますか?」

「……はい。……同じ学校の朝倉先生です」


 意外な名前が出てきた。聖蘭学園数学教師の朝倉修二は殺害された倉木理香と交際していた男だ。

真紀は理香のクラスメートの木内愛の話を思い出した。理香と交際しながらも朝倉にはずっと想い人がいた。それが神田友梨……?


「彼からどのような被害を受けましたか? 言える範囲で、無理はしないでください」

「最初は……いつもこちらをじっと見つめてくる人だなと思っていただけでした。でも行きの電車で一緒の車両になったり、帰りもわざと私と帰宅時間を合わせているようなことが何度か続いて……。そのうち身体を触られたり、最近になって彼が私のマンションの目の前のアパートに引っ越して来たんです。もう私、怖くてたまらなくて」


予想以上に陰湿なストーカー行為だ。行為がエスカレートしていくのもストーカーの特徴。


「被害が酷くなり始めたのはいつ頃ですか?」

「今年の夏頃です。その頃から私は佐伯先生とお付き合いを始めたので多分、それがきっかけじゃないかと思うんです。朝倉先生は佐伯先生のことをあまりくは思っていないようなので……」


 今年の夏ならば倉木理香と朝倉が別れた時期と一致する。

朝倉には理香殺害の動機があり、同時に友梨へのストーカー行為、ますます朝倉修二を徹底マークする必要がありそうだ。


自分に好意を抱いていた理香の心を弄び、友梨にはストーカー行為を繰り返していた。のらりくらりと警察の尋問をかわす朝倉の顔が思い浮かんで真紀は腹が立って仕方なかった。



第二章 END

→第三章 甘くて苦い恋の味 に続く

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