3‐2
聖蘭学園の校内は昼休みを楽しむ生徒で賑やかだ。高山有紗はなぎさが作ってくれた弁当を完食し、携帯電話を片手に微笑んだ。
「有紗、何か良いことあったの? 携帯見てニヤニヤしちゃって」
友人の奈保が有紗の顔を覗き込む。有紗はふふっと笑って携帯電話を制服のポケットにしまった。
「あのね、好きな人できた」
「だれだれ? どこの学校の人?」
「高校生じゃないよ。年上の人。……あ、ヤッバイ。佐伯先生に課題のプリント出しに行かなきゃ!職員室行ってくる」
昨夜は休んでいた分の課題プリントを片付けるので必死だった。遅くまで課題をしていたおかげで寝坊寸前だったが、なぎさも昨日は遅くまでライターの仕事をしていたはずなのに彼女は早くに起きて有紗のために弁当を作ってくれた。
(なぎささんのお弁当美味しかったなぁ。綺麗で仕事も出来て料理も上手って、完璧じゃん。私も少しはご飯作れるようにしよう。そうしたら早河さんにお弁当作ってあげたりできるし……)
課題のプリントを持って二階の職員室までの廊下を歩く。渡り廊下を歩いていると前から三年生の木内愛が歩いてきた。
愛と有紗は同じ美術部の先輩後輩で、有紗は愛を慕っている。
有紗は彼女に声をかけようか迷った。愛は携帯電話の画面を見ながら歩いている。その表情は有紗が今まで見たことのない険しい顔をしていた。愛は有紗とすれ違っても有紗の存在に気付かず、ずっと携帯画面を睨み付けていた。
(愛先輩、いつもはニコニコしてるのに……何かあったのかな?)
愛の様子は気になるがとにかく今は課題の提出だ。職員室に入り、担任の佐伯洋介の席まで課題を持っていく。
「はい、先生」
『お。間に合ったね。これで火曜日の分までクリア。じゃあ次は水曜日と木曜日の分』
佐伯は新たなプリントの束を有紗に渡した。渡されたプリントの量を見た有紗は肩を落とす。
「えー。まだこんなにあるの?」
『高山さんは休んでいた分の課題を終わらせればいいだけだからまだマシなんだよ。期末で追試だった子は毎日補習なんだから』
「期末テストはギリギリ赤点なかったもん」
『本当にギリギリだったけどね。それは月曜日提出ね』
「はーい」
課題のプリントを抱えて職員室を出る頃には木内愛の異変のことは有紗の頭から消えていた。居眠りしそうになるのを堪えて午後の授業をこなし、ようやく放課後だ。
有紗は美術室に向かった。今日は美術部の活動日ではないが、休んでいた分だけ作業が遅れている。冬休みに入る前に展覧会に出す絵を仕上げなければならない。
なぎさにも今日は部活に出てから帰ると伝えてある。
副担任でもあり美術部顧問の神田友梨と二人きりの美術室では、友梨が持ってきたチョコレートを二人でこっそり食べながらの作業で楽しかった。
「先生は佐伯先生と結婚するの?」
「えっ……!」
絵筆を床に落とした友梨はわかりやすく動揺している。
「先生、動揺しすぎぃー!」
「どうして私と佐伯先生のこと知ってるの?」
「そんなのバレバレだからクラスのみんな知ってるよ。先生が佐伯先生見る時の目、ポォーっとしてるもん」
「ええっ? そうなの?」
顔を赤くする友梨は同性の有紗から見ても可愛らしく見えた。作業が一段落して二人で片付けに入る。
「佐伯先生優しいよね。いい旦那さんになりそう。結婚式は呼んでね!」
「もう。そんなのまだまだ先よ」
「でも佐伯先生と結婚したいとは思ってるんだよね?」
「そうね。いつかはね。こればかりは一人では決められないことだから」
洗い場で絵筆を洗う友梨の横に並んで有紗も使用した筆や道具の洗浄を行う。
窓の外は日が落ちて暗い。もう6時が近かった。四谷のなぎさの家に帰る頃には6時半を過ぎてしまう。
「ねぇ先生。大人の男の人って高校生は相手にしないもの?」
「人によると思うけど……。高山さんは好きな人いるの?」
「うん。私の好きな人、30歳なの」
早河の年齢は昨日、矢野に学校に送ってもらった時に聞いた。早河の好きな女のタイプは特にないらしいと矢野は言っていたが、芸能人なら早河は誰が好きかと問われた時にあえて言うなら女優の本庄玲夏だと矢野は答えていた。
(早河さんって本庄玲夏のファンなのかな? クールっぽい美人でスタイルいいスレンダー系。ああいう女が好みなのか……)
友梨は難しい顔で洗い終えた絵筆たちを敷いたタオルの上に並べている。
「30ねぇ。先生としてはちょっと心配だな」
「なんで?」
「相手が常識のあるいい人なら問題ないよ。年上の人とのお付き合いも親御さんが了承しているのならいいと思う。でもね、年上の男の人にも色々いるのよ。女の子が騙されて傷付くことも多いから」
友梨の指摘に思い当たることがあった。有紗はタカヒロのことを思い出したが、すぐに気持ちを切り替える。
「そうだよね。けど私の好きな人は大丈夫だよ。騙したり、悪いことする人じゃない。口は悪いけどとっても優しいんだ」
昨日の早河に抱き締められた時のぬくもりが忘れられない。早河は冬なのに汗だくになって自分のために走り回ってくれた。
本気で怒って本気で心配してくれる人がいることの嬉しさを思い出す。それは有紗がずっと求めていたもの。
隅に片付けた自分のキャンバスを見ているうちに閃いた。忘れないようにメモ帳に書いて、友梨に見せる。
「先生。絵のタイトル決まった」
「……思い出?」
友梨は有紗に見せられたメモの言葉を読み上げる。タイトルは【思い出】。
「この絵はね、私の思い出なの」
キャンバスに描かれているのは赤や黄色、ピンク色、色とりどりの金平糖に囲まれて舞い踊るバレリーナのシルエットだった。
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