1‐9
真紀と上野が職員室の隣の応接間で朝倉を待つこと数分。笑顔で現れた朝倉教諭と二人は対面した。
『お待たせして申し訳ありません。刑事さん達はてっきりお帰りになったと思っていました』
白々しい笑みを浮かべる朝倉の指にはわずかだが白色と赤色の何かが付着していた。絵の具みたいだ。
ズボンのベルトにも同じ色が付着している。彼は絵の具のついた指でベルトに触れたようだ。
数学教師の朝倉の指になぜ絵の具が付いているのか真紀は怪訝に思ったが、笑顔を作って朝倉に会釈した。
『それで、まだ僕に何か?』
『倉木理香さんの担任の朝倉先生に倉木さんのことをもう少し詳しくお聞きしたいと思いまして』
『倉木さんのこと?』
上野が話を切り出すと朝倉の白々しい笑みが分かりやすくひきつった。
一連の女子高生連続殺人事件に朝倉が関与しているとは断定できないが、三人目の被害者の倉木理香に関しては朝倉と理香は教師と生徒の関係を越えて交際していた。
この男は叩けば必ず埃が出る。
『倉木さんはどのような生徒でした?』
『成績優秀な良い生徒でした。リーダーシップもあって班のチームリーダーをよく務めていましたね。ああ……何を言っても過去形になってしまうのはとても残念です』
朝倉の言動すべてがわざとらしい。今度は真紀が彼に質問する。
「そんな優秀な子がどうして不登校になってしまったんでしょう?」
『僕にはわかりません。学校では何の問題もない普通の生徒でした』
あくまでも生徒の不登校の原因は学校外にあり、校内での問題はなかったと教師は主張する。どの教師に聞いても回答は同じだった。
ただひとり、松本理事長だけは学校側の対応にも問題があったのではないかと悔やんでいた。
「ではプライベートで何かあったのでしょうか?」
『そうですね。ご両親との関係が上手くいっていないとの話は聞いた覚えがあります。倉木さんのご両親は弁護士さんなので厳格な方達なんです。それに十代の女の子は多感でナイーブですからね』
「女子校の先生をされているだけあって朝倉先生は十代の女の子のことを理解していらっしゃいますね。生徒の皆さんも朝倉先生はフレンドリーな先生だと言っていましたよ」
『フレンドリーなんてそんな。僕はこの学校では比較的若い部類に入るのでその分、生徒との距離が近いのかも』
真紀が褒めると朝倉は照れ笑いをして頭を掻いた。
「朝倉先生ほどお若くて素敵な先生は女子校の先生をされるのも大変そうですよね。十代の子は年上の男性に憧れを持ちますし、自分がその気ではなくても生徒から好意を持たれることもあるのでは?」
照れていた朝倉の顔が強張った。気持ちがすぐに表情に現れる。演技力が皆無な男だ。
『僕は経験はありませんが確かにそういった話は聞きますよ。でも子供の擬似恋愛のようなものです。いちいち相手をしていたらキリがない』
「経験がないと仰るわりにはまるで経験談のように聞こえますが?」
『……別の女子校の教師をしている知人からそういう話を聞かされるだけですよ』
ムスッとした態度になった朝倉にこれ以上の追及は無駄だと判断した上野と真紀はその場を辞した。
聖蘭学園を出る頃には日も暮れて長い冬の夜が世界を支配していた。
『朝倉、どう思う?』
「倉木理香殺しについてはグレーですね」
真紀は運転席でハンドルを握る。彼女の頭の片隅には朝倉の指に付着した白と赤の絵の具がちらついていた。あれは一体なんだったのだろう?
「木内愛の話が事実なら朝倉と理香は今年の夏まで交際していました。理香が不登校になったのは夏休み明け。不登校の原因が朝倉との別れにあるのは間違いありません」
『そうだな。別れた後も朝倉と理香の間に何らかのトラブルがあったとしたなら奴には理香を殺害する動機がある。しかしわからないのは中村瑠璃と池内眞子か。朝倉は中村瑠璃の担任ではあっても2年生の池内眞子とは同じ学校の教師と生徒と言うだけで特別な接点はない』
日が落ちて暗い空とは対照的に街路樹に施されたイルミネーションが街を輝かせている。今月はもうクリスマスだ。
街全体が浮き足立っていると感じるのは師走の一大イベントのせいかもしれない。
「中村瑠璃、池内眞子、倉木理香、この三人を殺したのはおそらく同一犯ですものね。三人が握っていた金平糖のことはマスコミには発表していません。犯人しか知り得ない証拠です」
『ああ。連続殺人が模倣犯の可能性は極めて低い。倉木理香だけは少々気になる点はあるが……』
先ほど倉木理香の司法解剖の結果報告が入った。
理香の身体には微量の精液が付着していた。彼女は殺される直前に誰かと性交渉をしていたようだ。
被害者三人の中で精液が付着していたのは倉木理香だけ。理香は犯人によって強姦されたのか、それとも強姦犯と殺害した犯人は別なのか、理香の周囲の男関係も含めて慎重に捜査が進められている。
朝倉には理香との交際の事実から攻め込んでDNA提出の要請をかけることも視野に入れていた。精液の主が朝倉ならば彼も事件に何らかの関わりがあるかもしれない。
『これはどういう意味なんだろうな。被害者が増えるたびにひとつずつ増えていく金平糖。犯人からのメッセージなのか……』
助手席の上野は第一の被害者、中村瑠璃の手のひらのアップ写真を見た。瑠璃の右手の手のひらにはピンク色の金平糖が一粒、転がっていた。
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