1‐5

 タカヒロは二階のネットカフェを後にしてエレベーターで地下一階に降りた。

彼の職場は地下一階のクラブ〈フェニックス〉。今夜もクラブのフロアでは男と女が酒と煙草と音楽に溺れている。


 クラブの最奥に辿り着いた彼は壁のわずかな窪みに手をかけ、壁をスライドさせる。人ひとり分の隙間が開いた秘密の扉の奥には楽園に繋がる道が続く。

地下二階専用エレベーターでタカヒロは楽園に向かった。エレベーターが開くと真っ先に目に入るのはショッキングピンクの絨毯と金色の扉。


『オーナー。お疲れ様です』


扉横のカウンターにいるドレッドヘアーのサトルがタカヒロに頭を下げた。


『今日の客入りは?』

『日曜ですから繁盛していますよ』


 サトルがノートパソコンの画面をタカヒロに見せた。画面には名前と数字が並んでいる。何時何分に誰が入店し、誰を指名したかがわかる記録だ。


『MARIAの客は日曜の夜に家族サービスもしないで若い女といちゃつきたい男の集まりだからな』


 下劣に笑い、彼は金色の扉を開けた。幻の地下二階。地下一階のクラブとは違う妖しさを孕んだ空気がこのフロアには流れている。

天井にはミラーボールが煌めき、ピンクと紫と青の照明が妖しく混ざり合っていた。


 学校の制服や水着、メイド服やチャイナドレスなどの衣装を着た未成年の少女たちとその少女に群がる男たち。

ここは少女と男の楽園

少女は皆、男にとっての聖母マリア

だからここは〈MARIA〉と呼ばれている。


「タカヒロさん」


店内の様子を観察していたタカヒロの隣に女が並んだ。


『美咲。仕事は終わったのか?』

「今日の予約はおしまい。今シャワー浴びてきたとこぉ」


 古賀美咲は派手なネイルアートを施した自分の手をタカヒロの手に絡ませた。薄暗い照明の下で男と女の十本の指がねっとり絡み合う。


『今日は何人相手した?』

「四人ー。最後のおっさんがヘッタクソでさぁ。このままじゃ後味悪くて嫌だなぁ。ねぇ、タカヒロさん?」

『お前も元気だな。俺の相手するならこれで五人目だろ?』


タカヒロと美咲はフロアの奥のゴールドのカーテンの内側に入る。少女と客の男が会話をしたり酒を飲むソファールームとは別の空間がゴールドのカーテンの向こうには広がっていた。


「四人は仕事。タカヒロさんは別腹」

『俺はデザートかよ』

「まっずいご飯食べた後のオッシャレーなデザートがタカヒロさんなの」


 簡素な白い扉を開けると通路の両側にはカプセルホテルに似た造りのベッドルームが並ぶ。半分以上のベッドルームに使用中の札がかかっていた。


タカヒロは空きの個室に美咲を連れて入り、扉を閉めた。部屋にはシングルベッドがひとつだけある。

ベッドを入れてしまうと部屋は足の踏み場もない。だがここにはベッドさえあれば充分だ。


『上に有紗ちゃんがいたよ』

「有紗ぁ? 上ってネットカフェ? クラブ?」

『ネットカフェ。また家出してきたらしい』

「ふーん」


 美咲は自ら服を脱いでタカヒロの前で恥じらいもなく裸を晒す。彼女はベッドに腰かけるタカヒロの足元に膝まずいた。


『気にならねぇの? 友達だろ』

「学校が同じってだけで友達じゃないもん」


美咲の手がタカヒロのジーンズのジッパーを下げた。彼は美咲にされるがまま、にやついて彼女を見下ろす。


『あの子、うちに入れようと思う』

「えー? 本気?」

『超本気。最近メンバー減ったしな。売り上げツートップの瑠璃と眞子が抜けたのは痛手なんだ。有紗ちゃんはその代わり』


 二人の少女の名前が出て美咲の動きが止まった。彼女の表情は固い。


「眞子って言えば……さっきまた眞子の客だった熊井って男が来てたよ。30分休憩だけで帰っていったけど、ミサはどこ行ったんだーってわめいてた。あれヤバくない? 眞子を昔の女のミサだって思い込んでるっぽいの。目がイッちゃってた」

『話は聞いてる。まぁヤバくなったら内々で始末つけるさ。熊井を紹介してきた岩田も出禁にしたし、最近めんどくせぇ客しか来ねぇなぁ』


溜息をつくタカヒロの局部に触れ、美咲はひきつった笑みを浮かべて顔を上げた。


「MARIAは私が守るから大丈夫。売り上げだって今のトップの理香先輩をあとちょっとで抜きそうだよ。今度は私がナンバーワンになってタカヒロさんを支えるからね」


 美咲の顔が妖艶な微笑に変わった刹那、雌は目の前の雄に食らい付く。


 MARIAと呼ばれるここは男と女の楽園

男は聖母マリアを求め、女は居場所を求める。

渋谷を彷徨う少女たちの居場所

ここは〈売春組織 MARIA〉──。

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