1‐11

 タカヒロが地下一階のクラブ〈フェニックス〉に戻った時、店内にはいつも通りの青や赤の照明が灯っていた。しかしライトの下にいるのは躍り狂う客でもDJでもなく、屈強なスーツ姿の男達だった。

本来なら鳴り響いているクラブミュージックも音楽機器も今夜は出番がない。


『こんばんは。酒井さん。これは一体何の騒ぎです?』


 この辺り一帯を管轄に持つ渋谷北警察署生活安全課の酒井刑事にタカヒロはにこやかに挨拶した。過去にもタカヒロと酒井は何度もやり合っている。

強面の酒井刑事が不敵に微笑んだ。


『東堂。いい加減ケリをつけようじゃないか』

『ケリとは? うちはあなた達が定めた基準をクリアして正当な営業許可をもらっているんですよ』

『クラブじゃない。その下のことだ』

『下?』


タカヒロはシラを切る。彼の顔にはまだ笑顔の仮面が張り付いていた。


『お前が女子高生に売春させて金儲けしてることはわかっているんだよ。地下二階はMARIAって言うんだろ? こっちには証拠がある』


 酒井は部下にノートパソコンを持って来させた。なに食わぬ顔でパソコンを持ってきたのは内偵で潜入していたあのコウだ。


『中を見させてもらった。売春組織MARIAのメンバーリストや顧客リスト、売上記録もな』


データの閲覧パスワードはMARIAの運営に関わる者しか知らない。ITスキルに長けたコウにデータ管理を任せたことが運の尽きだった。


『奥の壁もすごい仕掛けだよなぁ。秘密の扉に秘密のエレベーター。秘密の地下二階はいかがわしい匂いのする場所だったぜ』

『仕方ありませんね。降参です。MARIAの存在は認めましょう。地下二階の存在もね』


 ソファーに腰かけたタカヒロが煙草を取り出した。刑事に囲まれている状況下でも彼は悠然としている。


『あの地下二階で聖蘭学園の生徒を売春させていたと認めるんだな?』

『日頃そういった行為が行われていたことは事実です。でも俺は場所を提供しているだけですよ』


ゆったりと構えるタカヒロに酒井刑事の苛立ちが増す。


『提供しただけだぁ? ふざけるな。お前がMARIAのオーナーだってことは掴んでるんだ』

『俺がオーナーをしているのはこのビルだけです。酒井さんもご存知のように俺は2年前からこのビルのオーナーをやってますけど俺がオーナーになる前から地下二階もMARIAもすでに存在していた。地下二階の使用料もちゃんと払われてますよ。俺はMARIAと契約しているだけです』

『じゃあMARIAの契約者ってのは誰だ? ビルのオーナーならテナントくらい知ってるだろ』


タカヒロは冷笑して煙草の煙を酒井に向けて吐いた。


『知りません。地下二階の使用料は口座振込ですしMARIAの情報もパソコンに届きます。俺は場所を貸してるだけ。それに警察には感謝されてもいいくらいですよ』

『感謝ぁ?』

『MARIAにいるのは家出して行き場のない女の子ばかりです。ここはその子達の居場所、せっかくの女の子達の居場所を奪わないで欲しいな』

『売春のどこが居場所だって言うんだ!』


 酒井の怒声が響くがタカヒロは涼しい顔で煙草をくわえていた。タカヒロの余裕綽々な態度が気に入らないが、酒井は今日のところは引き上げることにした。


 パトカーがビルの前から去っても渋谷の街は相変わらず騒々しいままだった。

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