第五章 天魔デーモンロード編

第43話 織田信長、本能寺の真相

「さあ、約束どおりなんでも言うことを聞きますよ」

 織田信長にTRPGで挑んだ本願寺顕如は敗れた。

 参加したプレイヤーたち、外野とスタッフを帰して信長、コウ太、ミツアキさんは対峙している。

 もう、すっかり夜だ。お互い腹を割った話もできる。負けを認めた顕如は、煮るなり焼くなりとその馘首くびを勝者である信長に差し出すつもりのようだ。

「では、わしの家来になってもらおう」

「……仕方ありません、あなたに降りましょう。ただ、この佐間原光顕という青年は、私が身体を借りているだけのこと。彼は、自由にしていただきたい」

「それでよい。おぬしとは長らく争うたが今生はわしのゲーマー仲間に加えるのみ。積年の恨みも、卓を囲んで帳消しにしてくれる」

「相も変わらずですな。太閤様に比べれば、まだまだお甘いようで」

 本願寺顕如が一方的に苦しめられた相手は、どちらかというと信長よりも豊臣秀吉の方である。九州平定に一向宗の門徒を利用すべく同行を命じて教団からの切り離しや、聚楽第落書事件などで寺領の解体もさせられた。

 石山本願寺の跡地には、秀吉が黒田官兵衛孝高くろだ かんべえ よしたかを築城総奉行に命じて縄張りを任せ、大坂城を建てている。


「元より、TRPGに勝ちも負けもなかろう? シナリオの中で喜んで笑うて、怒り泣き、楽しんだ者が勝ちよ。最後に気持ちよう笑うたおぬしも勝ちじゃ」

「……お互い、そのために争って答えが出なかった者同士ですからな」

「皆が皆、勝者となれる……。戦国の世にあってほしかった遊興であるわ」

「いや、まことに」

 勝者栄達、敗者必滅の戦国時代で争った武将ゲーマーのふたりだからこそ、全員が勝者となれるTRPGに惹きつけられるのだろうか?

「おぬしには、シナリオ仙人と『悪魔の卵』の件で聞きたいことがある。わしがこの時代に転生したことと、何か関わりがあるのか? 知っておるのなら申してみよ」

「私も、シナリオ仙人の『悪魔の卵』については、それなりに調べました。あのシナリオ、改変自由のため元々がどんなシナリオであったのかを辿れないのです」

「でも、シナリオ仙人って結局、信長さんをどうしようっていうんですか?」

「それは、俺から話します――」

 その声に、一同は一斉に振り返った。

 夜遅いからと、先に帰した未成年のサツキくんである。


「サツキくん! ……帰ったんじゃなかったの?」

 コウ太も少し驚いている。

 サツキくんは、黒いダイスふたつをじゃらじゃらと手の中で鳴らしながら現れた。

 今まで、ただのイケメン少年ゲーマーだと思っていたが、どうも武将ゲーマーたちと関係があるらしい。

 そして、信長の顔を見た後に言った。


「やはり、殿であらせられる」

「ファッ……!?」

 今、サツキくんは聞き捨てならないことを言った。

 信長を、殿と呼んだのだ。しかも、時代がかった口調で。

 彼もまた、TRPGに引き寄せられた武将ゲーマーのようだ。だが、一体誰なんだ?

「わしを殿と呼んだが、わしはおぬしには覚えがないぞ。蘭丸にも似ておらぬし……」

「いや、さっきのは俺が言ったんじゃないんです。これを――」

 サツキくんが掌に出したふたつの六面体ダイスは、どちらも1の目を出している。

 ただ、よくある赤い丸一個ではない。

 五角形に似た、花の模様だ。

「むう、桔梗紋!? では、おぬし――」

「はい、明智十兵衛光秀です」

 明智光秀! 桔梗紋は土岐とき氏に連なる明智の家紋である。

 本能寺の変で信長を死に追いやった張本人のものだ。


「おのれえええええっ!! そこに直れえええええいっ!!」

 怒髪天を衝く勢いで信長は怒鳴った。思わず刀を抜こうとして差してないにもかかわらず腰のあたりを探したほどだ。

 あまりの信長の剣幕に、サツキくんもビクッと怯えた。

 明智光秀が、なんでまたこんなイケメン高校生男子に。

「お、落ち着いてノブさん! 相手は未成年だよ!」

 慌てて顕如から切り替わったミツアキさんが、信長を押し止める。


「ま、待って!? 俺が光秀なわけじゃないんです! このダイスがそうなんです!」

「「「はあっ……?」」」


 ――何言ってんだ、こいつ?


 まず、コウ太は率直にそう思った。

「そのダイスが日向惟任、とな……?」

「ええと、このダイス触っていると、俺にそう語りかけてくるんです」

「……ほ、ほう」

 さすがの信長も、唖然となっている。反応に困っているのだ。

 信じる信じない以前に、まず意味がわからない。

「あの、話すと長くなるんですけど。俺がこのダイスと巡り合ったのは、半年くらい前です。田舎にある蔵の中で見つけたら、頭の中に声が語りかけてきて……」

 つまり、整理するとこうなる。

 サツキくんが持っているふたつの桔梗紋入りのダイスこそが、明智光秀だと。

 で、サツキくんは明智光秀が宿ったダイスと精神を通じて会話ができるという。


「俺、このダイスを“相棒バディ”って呼んでます」

「そ、そうなの……?」

「第六天魔王の復活が近い、この世を守るために力を貸してくれって言われて。俺の周りじゃ、いろんな怪物も出現し始めていたから、このダイスで浄化してたんです」

「マジで!? そのダイスのせいでそんなことになってんの……」

「渋谷のドラゴンも、その影響だから」

 サツキくんは手の中でダイスを弄ぶ。

 イケメンの少年は人知れず世界を守るものらしい。何そのアニメ展開っていう。

「おぬしも、その魔王がわしだというのか?」

「――“相棒”はそう言います。本能寺で討ったのも、その未来を幻視したせいだと」

「やはり!」

 顕如も、思わず手を叩く。

 魔王と化した信長が顕現した後の世界から来ているだけあって、サツキくんを通して語る明智光秀には同意するようだ。

「わし、そんな理由で叛かれたのか……?」

 本能寺で光秀に叛かれたと知った織田信長は、「是非に及ばず」との言葉を残したが、この意味するところは「意味がわからん」に類するニュアンスであるという。

 本能寺の真実についての説はいろいろあるが、まさか信長が魔王化して降臨するのを防ぐためであったとは誰も思うまい。そりゃあ歴史の謎にもなろう。

 信長自身ですら、驚いているのだから。


「だから、俺はコミュニケーションゲーマーズの例会にノブさんが現れたとき、その真意を確かめようと卓に入ったんです。そしたら、普通にTRPGを遊んでいるし、もう少し見守ってみようと思って」

「サツキくんよ、わしのダンジョンを燻したのも、何かの真意があってのことか?」

「そうです。よくないプレイだと思いながらも、試してみなきゃと思って。あの容赦のないダンジョンに入ったことで、やっぱりこの人は信長公なんだと」

「ちと、そのダイス見せてみい」

「はい、どうぞ」

 掌に、明智光秀だというダイスを乗せて差し出す。

「これがあの明智光秀とはのう……。これでは手討ちにもできんわ」

 なんとも言えぬ表情で信長は呟いた。

 ダイスになってしまった明智光秀相手に、手討ちも何もない。

「おそらくは『悪魔の卵』から孵ったんだと思います。渋谷のドラゴンも、信長公やこの“相棒”も、他の武将たちも……」

 サツキくんが語る話からすると、武将ゲーマーが現代に転生しているのも、『悪魔の卵』の影響のようだ。

「では、わしがダイス事故でこの時代にやってきたのも、『悪魔の卵』を作ったシナリオ仙人の仕業と見てよいのか?」

「ええ、シナリオ仙人は、魔王とすべき信長公を、TRPGのシナリオによって受肉させたのではないかと思います」

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