第22話 織田信長、ゲームの達人

 信長の呼んだメンバーが帰った後のことである。

 もう日が暮れたので、缶チューハイと打ち上げ用の諸々の買い物をしてセッション砦に戻ってくる。


「コウ太よ、いっちーさんとは何があったのじゃ?」

 思わず飲んでいた烏龍うーろん茶を噴き出しそうになる。

 不意打ちといえば不意打ちだ。

 しかし、信長が気にするのも、無理もない。いっちーさんがカーニバルに参加する、こうこのちゃん経由で聞いたときの動揺は顔にモロに出たはずだ。

「僕、いっちーさんに嫌われちゃったんですよ。オンセデビューのお世話になったのに……」

 ほろりと心に秘めたものが転げ出る。

「よければ話してみよ。わしでよければ聞くぞ」

「僕、シナリオ作るの本当に下手なのに、いっちーさんをプレイヤーに招いてオンセしたんです。そのとき、プレイヤーが揉めちゃって。いっちーさんに何度も謝ろうとしたんですけど……ウザ絡みしちゃったせいで、更新止まっちゃったんです」


 あのことは、今でも思い出すと苦い気持ちになる。

 コウ太は、自分には創作の才能がない、そう思っている。

 かつては小説を公開するようなこともしていた。

 才能がないとわかってからは、アップした創作物はすべて消して離れていた。

 TRPGの動画を見て、これなら自分でも物語やキャラクターを語ることができる、そう思ってデビューした。

 いっちーさんには、プレイヤーに誘ってもらい、よい評価してもらった。

 それで気をよくしたのが失敗だった。

 プレイヤーたちの疑問に答えられることができず、意見の対立を招いてしまった。いっちーさんは宥めてくれたが、結局セッションは後味の悪いものになった。

 そのことを詫びようと、何度もしつこくレスをしたせいで、返答もないままいっちーさんの更新は止まってしまったのだ。

 このちゃんがいっちーさんの動向を知っていたのは、彼女もいっちーさんとオンライン上の知り合いだったからだ。もちろん、自分のせいでゲーム仲間がネットから消えたなんて事情は話していない。話せるわけがない。


「……コウ太よ、事情を聞くにそれは本当におぬしのせいなのか?」

「え? 僕、何か話しました?」

「さっき話したであろう。さてはもう酔ったか」

 信長も少し赤みがかった顔で言う。

 酔い覚ましに烏龍茶を含んだが、酔ったせいで胸の内に秘めた事情を洗いざらい話してしまったらしい。

 これはバツが悪い。しかし、少しほっとした。

 コウ太は、信長に聞いてほしかったのだ。


「調度よい機会じゃな。いっちーさんなるゲーマーがいかなる人物かは知らぬが、TRPGカーニバルのために上洛するのであろう。ならば、同卓して事情を聞けばよいではないか」

「ええ!? 無理ですよ! 僕、嫌われちゃってるのに……」

 無茶なこと言う、コウ太は思った。

 オンラインでも拒否られているのに、ましてオフとなればリアルの意味で合わす顔がない。


「コウ太よ、おぬしは初心者がうまくGMできぬとの理由でとがめ、二度と卓を囲まんという沙汰さたを下すのか?」

 信長は、コウ太の答えに思わず眉根を寄せる。

「いや、そんなことはないです。最初からGMうまくできるなんて、信長さんじゃあるまいし……」

「そこよ。わしはまだ初心者であるが、よきゲーマーとは相手の不得手を責めぬものと学んだ。いっちーさんもよきゲーマーなれば、コウ太と同じく許すはずじゃ」

「そ、そうですかね?」

「では、いっちーさんなる者は、初心者GMにも厳しいのか?」

「ええ!? そんなことは……あっ!」

 そう、そんなことはないはず。

 いっちーさんは、まだTRPGのセオリーを知らないコウ太が館を燃やそうとしたときも優しかったのだ。

「であろう? なれば、更新を止めたのは何か別の事情があるはずじゃ。実際に確かめる絶好の機会よ」

「そっか。別の理由、あるのかもしれませんね」

「うむ。これで、おぬしも上洛する理由ができたではないか」

「は、ははは……。ほんとすごいっすね、信長さん。僕よりずっと現代に適応してるじゃないっすか」

 少し、自嘲気味に言ってしまうコウ太である。

 言ってから、弱音を吐いて自分を卑下する癖ができていることに気がつく。

 コミュ障ゆえに、自信を持って行動できず、現代社会の中で沈んでしまったのだ。

 自分のプライドを守るためのものが、今は重しになっている。


「のう、コウ太よ。世の中を“げぇむ”と思うてみよ。さすれば攻略の道も拓けよう。今にして思えば、戦国の世を乗り切れたのは、わしも斯様に思うておったからよ」

「世の中をゲームで考える、ですか」

「死のうは一定よ。どうせ誰であろうと死ぬ。勝って栄華を極めようが、負けて討ち死にしようと、いずれ人は死ぬ。なれば、天下を碁盤に見立て、天衣無縫てんいむほうに打ってみようと思うたのじゃ」

「それで、あんなに大胆に生きたんですな」

「いかにも。“このパパ殿”から書を献上されたのじゃが、ここに紹介された南蛮の兵法にも、左様なことが記してあった」

 信長は語りつつ、タブレットPCをコウ太に見せた。

 電子書籍で購入した本である。

「『ゲームの理論と経済行動』って……そんな本読んでるんですか、信長さん」

「このパパ殿の『コミュニケーションとゲーム理論』の注釈にあったからのう」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る