第48話 織田信長、ヴァーチャル卓ゲーマーデビュー
やれるだけのことは、その後にもやれるだけやった。
リアルタイムでシナリオも問題点を洗い出し、すぐに改訂した。
信長、秀吉、顕如、そしてコウ太も、それぞれオンセでコウ太作『天使の卵』の卓を立ててプレイヤーを多数募集し、分散コンピューティング協力拡散に励んだ。
サツキくんは、ドラゴンやサーベルタイガーが乗り込んできたとき、桔梗紋ダイスで迎撃してもらう備えとしていてもらう。
信長が海外の日本留学経験者に
持つべき者は頼れるゲーム仲間だ。
『コウ太さん、このシナリオ拡散希望なんですかー?』
このちゃんが音声通話に上がってきた。
「うん、そうなんだよ。この前はありがとうね」
『いえいえ、あのハプニングチャートすっごい面白かったです。今度のも、サツキ先輩にGMしてもらって、すごく楽しかった。コウ太さん、偉いです』
やっぱり、このちゃんはマジ天使である。
「ありがとう、このちゃん。今ね、ちょっと事情があって、このシナリオをいっぱい拡散しないといけないんだよね」
『ああ、それなられのんさんにも協力してもらいましょうよー』
「れのんちゃんって、前にノブさんの『D&D』に入ってきた子だよね?」
『そうですよ、一緒にダンジョン潜ったじゃないですか。れのんさん、人気VTuberですから、きっと拡散力大きいですよー』
「それ、ほんとなの?」
意外であった。セッション中もマナーが良くおとなしい子だったので、まさかそんな活動をしてるとは思いもしなかった。
『ほんとですよ、ほらここ』
さっそく、このちゃんがリンクを貼ってくれる。“ギャル系卓ゲーマー”
「うわっ、チャンネル登録者数十三万!?」
コウ太は思わず唸る。収益化も軽く突破する登録視聴者数である。
これなら、拡散能力にも十分期待できるだろう。
『れのんさん、去年までギャルだったらしいですよ』
「マジで? 人は見かけによらないんだね……」
『そっちノブさんいます? アバター用意してコラボすれば、もっと人気出ますって。ほら、フリーの信長アバターもありますし』
「おっ、まことか! わしも“ぶいちゅーばぁ”とやらにすぐなれるのか」
このちゃんがケタケタ笑っていたので、信長も画面を覗く。
信長のアバターもフリーで揃う時代である。あとはフェイスリンクさせれば、すぐに信長もVTuberデビュー可能だ。中の人が本物なのを
で、さっそくれのんちゃんがやってきて、このちゃんの事情の説明を受けてVTuberとしての心得とやり方をレクチャーしてくれた。
『はい、どうもー。織田平朝臣三郎信長でーす。TRPGカーニバル・ウエストではおせわになりました。これから、面白いTRPGのシナリオを紹介しまーす』
『いえーい! ほら、みんな驚け! 信長さんでーす!』
『どもー、どもー』
一時間ちょっとで“ヴァーチャル武将ゲーマー”織田信長が準備を終えて、卓下れのんチャンネルのコラボ配信でデビュー。れのんちゃんは『D&D』のときよりずっとハイテンションである。こんなしゃべり方と声出せるんだと、コウ太も感心する。
初動配信視聴者数は五〇〇〇以上、デビューは大成功と言っていい。
『劇団B.O.Z.制作『天使の卵』のリプレイ動画はこちらのリンクから。動画再生中、皆さんのマシンのお力をお借りしますのでよろしく。拡散希望でーす』
信長の発信に、すぐに「把握」「おけ」などのコメントが乱れ飛ぶ。
「よしよし、一気に捜索域が広がったよ」
「やりましたね、秀吉さん」
「なあに、君のシナリオと殿の器があってこそさ」
わりとぶっ続けてゲーミングPCにつきっきりなので、最年長の秀吉にはさすがに疲労の色が浮かんでいる。
コウ太がスマホで日時を確認すると、セッション砦にこもってもう四日が経過、そして正午も近い。ひと息ついて、何気なくスマホで世間のニュースを巡回する。
するとさっそく、“都心に蜃気楼出現”との見出しが飛び込んできた。
「東京に蜃気楼? そんなバカな」
そんなことがあるものかと、ニュースの内容をくわしく探ってみる。
ネット上では、東京スカイツリーの上に何かの蜃気楼が出現したと騒ぎになっている最中だ。セッション砦にこもりっきりで、そんなニュースがあったとは知らなかったのだが――。
「ファ!? これ、もしかして……」
ニュースでは、蜃気楼の正体についての考察はなかった。
報道機関も、はっきりした答えを出せないでいる。
それはそうだろう、こんなものの蜃気楼が浮かぶわけがない。
「ええ、安土城
横にいたサツキくんが、クールに言う。
当時、天守閣は天主と言った。安土城は、言わずもがな織田信長の城である。
琵琶湖東岸に建てられ、天主は地上六階地下一階建て、三二メートルにも及んだ。信長は、ここに居住して天下を差配したという。これほどの高層建築に居住した例は、信長が史上初ではないかとも言われている。
秀吉と明智光秀が対決した山崎の合戦ののち、焼失したと伝えられる。
蜃気楼というのは、大気の密度の差によって光が屈折し、物体が浮かび上がって見えてしまう自然現象である。四〇〇年前に燃え落ち、現存しない安土城天主の像が浮かび上がるはずがないだ。
「シナリオ仙人が、現実化されてるんじゃ……。あっ、PV数!」
ひょっとしたら、シナリオ仙人はもう一〇〇万PVを達成し、空想が現実を侵蝕し始めたのか?
コウ太は、焦ってサイトの確認に向かう。そして閲覧してしまった。
「――おめでとう、コウ太くん! 君がちょうど一〇〇万人目の閲覧者だよ」
シナリオ仙人の顔が、画面いっぱいに浮かび上がって笑った。
ひと昔前のブラクラのような悪魔の微笑みであった。
「そ、そんな……!?」
「あの安土城天主こそ、魔王の魂が集積し、空想と現実の分岐点となる特異点……歴史を破壊する魔王の象徴なのだ! ここに、大願は成就せり!!」
PCを通じて、シナリオ仙人森宗意軒の高笑いが響く。
迂闊だった、まさか自分のせいで。
一〇〇万PVを達成させ、信長を魔王化されてしまうなんて。
コウ太は、愕然として肩を落とす。だが、その直後だった――。
「いや、大丈夫だよコウ太くん。魔王の魂とダイスBOT、見つけたから」
「秀吉さん!」
見ると、秀吉がさわやかにやり遂げた顔をしている。
このときばかりは、キモさも吹っ飛んでいた。
さすが、やるときはきっちりやる武将である。
「だから、どうだというのだ?」
「オンセツールのサイトでさ。
「あっ! じゃあ、その部屋ごと削除すれば――」
「うん、シナリオ仙人も魔王の魂も消えるね。さっきパスワード割って入ったけど、分岐が山のようにあるダンジョンになっている。真ん中には、安土城って書いてある塔が置いてあったよ」
「ぐっ……!」
シナリオ仙人が、喉に何かを詰まらせたように呻く。
TRPGを遊びたい有志がサーバにツールをインストールして無料開放しているサイトがいくつかある。秀吉が見つけたのは、その中でも老舗のサイトだ。
開設以来、セッションを継続し削除されていないルームNo.666。確かに、これは怪しい。おそらくシナリオ仙人はそこにいて、魔王の魂はそこにある。
しかし、短時間でパス割るとか、やはり秀吉のブラックさは只事ではない。
「でかしたぞ、サル! 褒めてつかわす」
「いえいえ、若い頃はもっとやれましたよ」
「じゃあ、その部屋消しちゃいましょう!」
秀吉がうなずき、マウスカーソルを削除に合わせる。
「させるかものか! 先にお前たちを削除してくれる! 我がダンジョンでな――」
突如、パソコンの画面が明滅し、光が周囲に溢れ出す。
何かが起こった。……いや、シナリオ仙人が何かを起こしたのだ。
どこかへ引っ張り込まれるような、強烈な感覚。
そうして、だんだん気が遠くなっていき、光の中で気を失った――。
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