第47話 織田信長、動画拡散のお報せ

 秀吉も来たし、サツキくんも来た。

 夕食は、ピザを人数分頼んだ。腹が減っては戦はできない。

 特に秀吉は、味方の兵糧は絶やさず敵の兵糧は絶やして干殺にした武将だ。

 その重要度をもっとも知っているといっていい。

「事情はだいたい飲み込めたよ」

「マジですか? 相変わらずすごいですね、秀吉さん」

 さすがの順応能力で、やっぱり関心せざるを得ない。

「まあねえ。急だったけどピストン運搬で間に合わせたよ。必要なものだしね」

「必要なものっていいますと?」

「この部屋に運んじゃっていいかい? 説明はそれからするよ」

 秀吉は、トラックの運転手に合図する。すると荷降ろしの運搬員も出てきて、セッション砦に続々とその必要なものが運ばれてくる。秀吉によると、その運搬員は都内の業者らしい。そりゃ京都からだとヘロヘロだろう。

 運ばれてきたのは――。


「ゲーミングPCじゃないっすか!」

 それも、一台や二台ではない。ノートPCもある。ルーターも複数台ある。

「仮想通貨発掘用マイニングのPCさ。ダイスの履歴くらいなら、これだけあれば見つけてくれるはず」

 サツキくんもいきなりのことで呆れている。「……電気量、大丈夫かな?」

「安心いたせ。セッション砦はオール電化、風呂を沸かしてパンを焼き、炒めものをしつつ空調最大限にしてポットとPCを使っても……電気は落ちることはない!」

 まさに現代の不夜城、これなら安心だ。

 さっそく、コウ太も秀吉、顕如と一緒にPCのセッティングをする。秀吉と顕如が共同作業とか、感慨深いものがある。

 で、起動した。本当にキビキビ立ち上がるし、サクサク動く。

「……これで、ネットに拡散した『悪魔の卵』のダイスBOTの履歴、探れますね」

「ダイスBOTの解析だから大した手間じゃないよ。中国のハッカー集団に解析依頼して、捜索用アプリも作ってもらってるから」

 仮想通貨の発掘とか中国のハッカー集団とコンタクトとか、秀吉は何かブラックなことに触れていそうな気配がある。今は追求しないでおこう。


「よおし、準備は整ったな!」

「ええ、元のシナリオを探し出して、チャートを手に入れましょう!」

 顕如ミツアキの声も、希望に向けて明るいものとなった。

「でも、『悪魔の卵』の元シナリオって、どうやって探すんですか?」

「……人海戦術、ですかね?」

 最年少のサツキくんが、遠慮気味に声を上げた。

 まあ、それが一番わかりやすい。

「ネットを通じて、ゲーマーに協力依頼を拡散いたせ。顕如よ、動画勢は任せたぞ」

「はい、かしこまりました」

 現在、顕如は信長の家臣なので、命令は聞く。

 秀吉が揃えたゲーミングノートを駆使し、茶室をスタジオとして拡散協力の動画を収録する。ここで茶室付きのセッション砦の威力が遺憾なく発揮された。

 コウ太も、ゲーム仲間の協力を仰ぐため、メッセージをいろいろ飛ばしまくる。


 返事が来たのは、深夜に差しかかった頃だ。

 ベテランゲーマーであるもち団子さんが探し当てた。

 三〇年も前の、TRPGポータルサイトのログである。

「さすがはもち団子殿よ! 五郎左ごろうざのように頼りになるわい」

 信長も、ここぞとばかりに褒めちぎる。

 五郎左とは、信長の家臣丹羽長秀にわ ながひでの通称、五郎左衛門尉ごろうざえもんのじょうに由来する。

 織田家では「木綿藤吉、米五郎左、掛かれ柴田に、退き佐久間」と讃えられた。

 つまり、丹羽長秀は、米のようになくてはならぬ存在だとされた武将である。

 木綿のように便利な藤吉は羽柴藤吉郎すなわち秀吉、佐久間は佐久間信盛さくま もりのぶだ。

 ベテランゲーマーは頼りになる。かくありたいとコウ太も思う。

 さっそく、シナリオを復元してチャートを確認する。

「やはり、ダイス目は01が三つに00が5つの判定の組合せで魔王の魂が生まれることになっておるな……」

「よしよし。では殿、さっそくアプリを走らせます」

 秀吉が、ネット上のダイスBOTをすべて検索すべく、アプリにダイス目を入力して一斉に走らせる。検索状況が、どんどん表示されていく。


「無駄なことを――」

 突如動画が立ち上がって、シナリオ仙人が登場する。

「ほう、わざわざ忠告に来たか」

「我がダイスBOTの履歴をしらみ潰しに探すとは気の遠くなることをするものだ。お前たちに、それだけの時間が残っておると思うか?」

「わしらの時間が限られておるといいたいのか」

「そうよ、いいことを教えてやろう。あと一週間もあれば、我が『悪魔の卵』のPV数は一〇〇万を突破する。そうなったときに魔王の魂が器のお前に流れ込むのだ!」

「……そうか。一〇〇万PVまで一週間、わしらに余裕があるということじゃな」

「余裕などありはせん! この三〇年の間でどれだけシナリオが拡散したと思う? それこそ世界中だ。強力なマシンを用意しようと一週間では探しきれまい」

 聞いていた秀吉も、リアルな現実に顔色が変わった。

 やはり、時間が足りない。だが、信長は泰然と構えている。

「シナリオ仙人よ、おぬし焦っておるな?」

「……なんだと?」

「せっかく練り上げたものを、わしらが打ち砕くかも知れぬ、とな。でなければ、わざわざでてきて諦めろなどとはいわん」

「…………」

「図星か、シナリオ仙人いやさ森宗意軒よ。一〇〇万PVというのも、わしを呼び寄せたダイス目や顕如の百万遍念仏のように、“芸夢転生”の願掛けのようじゃな?」

 何かの犠牲や代償を差し出して願いを叶える、これは魔術の一種だ。

 お百度参りは百回繰り返す手間と労力、そして強い信仰心を見せることで願掛けとして機能し、願いが叶う。シナリオ仙人の一〇〇万PVもそうなのだろう。

「ふん、だとしたらどうだというのか? 間に合うというなら、やってみるがいい。お前たちの拡散力など、たかが知れておる――」

 捨てゼリフを残して、シナリオ仙人は消えた。

「あっ! これ見てください、シナリオ仙人が新作投稿って……」

 シナリオ仙人が消えてすぐ、SNSに『悪魔の卵』新バージョンの発表が告知されている。一〇〇万PV達成までの時間は、これで早まるだろう。


「しびれを切らして先に動いたか」

「ど、どうしよう!? 秀吉さん、間に合いそうですか!」

「正直、時間が足りない。PCを買い足してもね。単純にPV分のダウンロードがあったとすると、向こうは一〇〇万台でこっちはいくら性能がよくても数台だ。勝負にはならないね」

「サル、こっちも兵を募れんか?」

「今からPCを揃えるのですか? 殿、それは無理というものです」

「そうではない。こちらもネットの向こうのPCを兵にできんかと聞いておる」

「それができれば間に合うでしょうが、どうやって多数を味方につけるので?」

「敵に学ぶのじゃ。コウ太、『奇妙な依頼人』を今からより面白く改変せい」

「えっ? ええっ!? なんでそんなことを?」

「それを顕如が動画化して拡散すれば、ネットの向こう側におるPCユーザーが味方となるはず。よいか? セッションデュエル一日だけで視聴者数五〇〇人……すなわち、PC五〇〇台が接続されたのじゃ!」

「あっ、そうか! 分散コンピューティング!」

 ネットワークに繋がった複数のコンピュータに仕事を振り分け、余剰のCPUやメモリで同時並列処理する方法である。難病解析プログラムへの利用、違法なスパイウェアを仕掛けて仮想通貨の発掘にも使われている。

 つまり、信長の考えはこうだ。

 面白いリプレイ動画で視聴者を誘導し、PCの余剰リソースをダイスBOT捜索を振り分ける。そうすればPC台数も解決する。


「や、やります! 僕、信長さんのためにも……」

 もう戸惑い、おたつくのはなしだ。コウ太は覚悟した。

 信長が魔王化して起こるのは、タイムパラドックスだけではない。

 期間だけで見れば短いが、コウ太はこれまでの人生でもっとも多くの時間を共有し、もっとも一緒に遊んだゲーム仲間をひとり失うことになる。そんなゲーム仲間を守るため、顕如ミツアキさんとのセッションデュエルにも勝利したのだから。

 なんとしても面白くていいシナリオを、プレッシャーで手汗が滲んで震えはする。

「コウ太よ。おぬしに礼を言わねばな。わしには魔王の魂が宿るそうだが、おぬしのおかげでそうはならんですむ。むしろ、おぬしがわしに魂を与えてくれたのじゃ」

「僕が、信長さんの魂を……ですか?」

「そうとも、ゲーマー魂よ!」

 なんとありがたい言葉か。

 そして、言葉にできないほど気持ちのよい微笑みであった。

「何言ってるんですか! 僕、信長さんと遊んでほんとに楽しかったんです。シナリオだって、ちゃんと書けるようになって……」

 声にならず、涙が溢れた。相変わらず、コウ太は涙もろい。

 そんな自分を少しは好きになれたのも、信長とTRPGを遊び倒したおかげだ。


「わしのためというのなら、より面白いシナリオを作れい。そしてわしに真っ先にプレイさせい。そのシナリオがあれば、魔王なんぞになるものか!」

「は、はい! ……今、アイデアが浮かんだんで。これならいけます!」

 コウ太の新作シナリオ『天使の卵』は、そのまま徹夜して翌日昼にできあがった。

 完成直後に眠りに落ちたが、その間にミツアキさんが劇団B.O.Z.の動画作成班を招集して突貫作業でリプレイ動画を仕上げることになる。

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